偽りの恋 ⅤⅩⅤ
曇りガラスの戸が閉まる。衣擦れの音が、外で待つ俺の耳に聞こえてきた。俺は気まずさに、後ろへ振り向く。壁に寄りかかり、目を閉じ黙想する。
「金ちゃん! そこにいるの?」
「ああ、居るから心配しなくていいよ・・」
不意に、ガラス戸が開き、俺の心臓がドカンと撥ねる。見る必要の無い後ろを、顧みてしまった。柔肌の腕が差し出され、宙を舞う。
「タオルが無いわ。貸してちょうだい」
「わ、分かった。い、今、も、持って来るから・・」
俺は慌てふためき、バスタオルを取りに行く。整理ダンスから真新しいバスタオルを取り出し、急ぎ廊下に戻る。
曇りガラス戸に目が奪われ、俺は一瞬立ち止まった。目の当たりに、全裸の千恵がガラス越しに映し出されている。俺の全神経が凍りついた。
「まだなの、金ちゃん。早くしてよ!」
千恵の声に、我に返る。恐る恐る、ガラス戸に近づく。
「は、はい、バスタオルだよ・・」
差し出された腕に、タオルを預けた。
「あっ、ありがとう」
俺はその場で振り返り、事務所の方へ目を置く。目を閉じれば、千恵の裸体が瞼の裏に焼き付いていた。俺の脳は深いため息を吐かせる。俺は不幸な男だと思った。
「あ~、さっぱりしたわ。ありがとう・・」
俺は振り向かず、生返事を返す。
「うん、いや、構わんよ・・」
俺は自分の部屋に戻る。ただ、後ろにいる千恵の気配を感じていた。
「あ~ぁ、フ~ゥ・・」
訳の分からぬため息が続く。吐きながら、勉強机の椅子に腰かける。
「金ちゃん・・」
天を仰ぐ俺に、艶めかしい声で呼びかけた。
「うん、なんだい?」
タオル姿の千恵を、間近に見てしまった。俺はやばいと思い、目を閉じる。
「ジャジャ~ン」
だが、遅かった。パッとタオルを外したのである。