偽りの恋 ⅤⅩⅡ
ファミレスから五分程度だ。工場の門を開け、車を入れる。
「へ~、ここなの? 印刷会社なのね」
「さあ、降りて。事務所を開けるからね」
事務所を開け、電気を点ける。千恵は珍しそうに中を見渡す。
「金ちゃんは、どこで寝ているの?」
事務所の奥を覗く。
「ああ、その横の部屋だよ」
千恵が俺の部屋を開けようとする。
「ダメだ、中は散らかっているから・・」
止めるのを聞かず、ドアを開けてしまった。
「・・・」
部屋の中をジッと見詰めたまま、動かない。仕方なく、ドアを閉めようとした。
「ねえ、金ちゃん・・」
目の前で振り向いた。近過ぎる千恵の顔。俺の心臓がバクバクと騒ぐ。
「・・・」
彼女の眼差しに、俺の側頭葉が停止し言葉が出ない。
「ねえ、今晩はここに泊まり、明日の朝早く出掛けない?」
俺の胸を小突く。胸の刺激によって、側頭葉が動き出した。
「いや、それは不味い。誰かが来るかも・・」
不意に俺の胸に飛び込んで来た。
「千恵ちゃん、俺は・・」
抱きしめたい気持ちが湧き上がる。だが、側頭葉の記憶が甦り、あの人や長谷川の顔が浮かび上がった。それに、佐藤の声が耳にささめく。
「金ちゃん、お願いよ」
胸に唇を寄せて呟く。それは俺の体に官能的な響きとなった。
「千恵ちゃん、俺は苦しいよ」
「どうして?」
頭をもたげ、可愛い唇が目の前で動く。前頭葉の組織がぐらぐらと揺らいだ。