偽りの恋 ⅣⅩⅧ
俺は非情と思いつつも、先に別れ寮に戻る。しばらくして、坂本が帰って来たが、互いに話すことはなかった。
その後、一週間ほど実家の高崎へ帰る。街中を歩くと、必ずあの人の面影が甦ってしまう。憂鬱な日々に、早く寮へ戻りたいと考えた。
朝から予定も無く呆然としていた。十時過ぎ、突然に携帯が鳴り、見知らぬ番号が表示されている。俺は迷ったが、受けることにした。
「もしもし、・・・」
この声に聞き覚えがあるが、直ぐに反応できなかった。
「金ちゃん・・、私が誰だか、分かる?」
「えっ?」
千恵の声と分かり、愕然とした。
「もしもし、聞こえて、いるの?」
か細い声。不安そうに電話する千恵の顔が浮かぶ。
「ああ、聞こえているよ。どうしたんだい? 千恵ちゃんだろう?」
「ア~ッ、分かってくれた。良かった~」
驚くほどの歓喜な声が、俺の耳に飛び込んだ。
「・・・」
意味が分からず、俺は声を呑みこみ黙っていた。
「金ちゃん、私ね、新幹線に乗るところなの」
「どこへ行くの?」
一瞬、千恵の言葉が途切れる。俺は不安になった。
「あのね、今、大宮駅。弥彦のお祖母ちゃんに会いに行くの」
「弥彦? あの新潟の弥彦かい?」
「ええ、そうよ。それで、・・・」
あり得ないことに、俺の胸が疼き出した。
「もし、もし、千恵ちゃん独りなの?」
「うん、独りよ。これから新潟へ行くけど、高崎を通るわ」
「そうだね。気を付けて行くんだよ」
俺はホッとする。何を考え、胸が疼くんだと思った。
「金ちゃん、高崎駅に迎えに来てくれる?」
「えっ、迎えに、高崎駅に?」
ホッとしたのは、束の間だった。胸が疼くどころか、爆発した。