偽りの恋 ⅣⅩⅦ
いや、俺は違うと信じていた。どれほど多くの女性に、心が奪われただろうか。彼女らの心が読めず、失意のどん底を味わう日々を過ごした。
「まあ、いいや。惨めな情けないことを、思い出しても仕方ない」
「ふふ・・、あら、そんなに恋をしたの。幸せね」
「えっ、俺が幸せだって?」
俺の手を握り、恨めしい眼差しを見せる。
「そうよ。私なんて、この年まで経験しなかった。最初から諦めていたもん」
「諦めるなんて、可笑しいよ。佐藤さんほどの女性が・・」
彼女なら、誰からも好かれる容姿だ。情も持ち合わせている。
「あら、何が言いたいの?」
「佐藤さんは色白で美人だ。必ず恋する男性が現れると思うよ」
「それは、金ちゃんのこと?」
夜道でもきめ細かな白い肌が、赤く染まるのが見えた。一瞬、俺の腰が引ける。
「ごめん、悪いけど俺じゃないよ」
「まあ、つれない仕打ちね。憎たらしい言葉・・」
俺がまごつくほど、妖艶な仕草で見詰める。冷や汗が出て来た。
「わ、悪気があって、言っていないよ。別れることが分かっていながら、恋なんてできないからさ・・」
「うふふ・・、分かっているわよ。ふふ・・」
佐藤は笑っているが、本心で笑っていない。不憫を感じた。俺の我が儘な欲望が疼く。握られている手を、握り返そうとした。
「金ちゃん! 誰かがこっちに来るわ」
驚きと共に、俺の我が儘な欲望が萎える。二人は無意識に離れた。
「あっ、金ちゃんやないけ。何してんねん?」
「お、坂本さん!」
「あら、幸子ちゃんも一緒なの?」
坂本の後ろに隠れ、幸子が恥ずかしそうに俯いていた。
「話が済んだから、俺はもう寮へ帰るところさ・・」
「そうよ、私も帰るわ。幸子ちゃん、一緒に帰ろうよ」
気まずい風が吹く。