偽りの恋 ⅣⅩⅣ
バス旅行から、三日目の晩。佐藤から呼び出された。
約束の時間を過ぎても現れず、俺は引き返そうと思った。そこへ、慌てて走って来る佐藤の姿。
「今晩は~、ご、ご免なさい」
「体中を蚊に刺され、痒くて我慢できないよ。もう、帰ろうかと思った」
俺の不機嫌な様子に、身を小さく縮ませ謝る。
「出掛けようとしたら、千恵ちゃんに呼び止められたの。ご免なさいね」
千恵の名前にドキッとした。表情を隠すために、暗がりへ顔を向ける。
「どうしたの? 顔を背けて・・」
「いや、別に・・、誰かがいるような気がしたんだ」
「うそ、やめてよ。怖いわ」
佐藤が体を寄せて来た。湯上りの香りが漂う。
「大丈夫だよ、誰もいないから」
「本当に?」
「ああ、いないよ。それで・・、俺に聞きたいって、どんなこと?」
「うん、来週に市議会議員の選挙があるけど、そのお願いをしたいの」
彼女は宗教関係の集まりに参加していた。宗教関係者が立候補したらしい。
「別に、いいよ。修了したら出て行く身だ。それに、この土地には、特にしがらみが無いもんね」
「自分以外に、必ず一票を確保しなければいけないの。ありがとう・・」
俺はホッとした。千恵のことを聞かれると思ったからだ。
「じゃ、これで帰るね。痒くて堪らないよ」
「あっ、待って!」
「ん、まだ何かあるの?」
嫌な予感が、背筋を冷やす。
「ええ、先ほど出掛けるときに、千恵ちゃんから宣告されたわ」
やはり、千恵のことだった。
「えっ、何を宣告したんだ?」
佐藤の視線は、俺の心臓を突き刺す。
「金ちゃんを私から奪い取るって・・」
「え~、凄いことを言うね。参ったなぁ~」