雨宿り Ⅴ
窓から心地よい風が吹き込む。ソファに寛ぎテレビを見ていたが、睡魔に襲われ瞼が重くなってきた。
誰かが私を呼ぶ。その声に反応して、私は目を開けた。目の前に和服姿の美佐江が立っているではないか。何故、彼女がここにいる。私は愕然として目を瞬き、彼女を見詰めてしまった。
「えっ?」
「あなたが、新之丞さんの手紙を持っているのね?」
「・・・・」
「そうでしょう? それは私の手紙よ。だから、返して下さるわね」
「わ、分かった。でも、どうして知ったの?」
「あなたの行動を見ていたの。あなたら、必ず私の手紙を探してくれると信じていたからよ・・」
「ふう~ん、誰が持っているか知らなかったんだ」
私は夢を見ながら、この状況を楽しんでいた。
《現実には生きていない美佐江と、奇妙なやり取りをしている自分が不思議に見える。面白い体験だよな。美佐江にすぐ渡そうと思ったがやめた。この手紙を渡してしまったら、もう彼女に会えなくなる》
愚かにも、少しでも引き延ばすことを考えてしまった。その結果、恐ろしい災いを招き、後に悔むことになる。
「今、ここにはないよ。次に会えるのはいつかな?」
「・・・・」
「そのときに渡す。それに、中身を読んでいないんだ」
なよやかな態度で私を見詰める美佐江が、徐々に薄気味悪い姿に変貌してゆく。この世のものとは思えぬ声が聞こえてきた。
「き~さ~まぁ~、これは夢の中ではないぞ~。これからは常にお前の傍にいて、災いを与えてやる。いいなぁ~。うふふふ・・」
スーッと目の前から消えた。私はソファに腰かけたまま、金縛り状態で身動きができない。私は眠っていないことにようやく理解したのである。急に背筋がブルブルと震え凍りつく。美佐江がいた場所に、雨のしずく跡が残っていた。
《な、な、なんなのだ。夢を見ていると思っていたのに、現実の出来事とは・・。困ったな、どうしよう》
私はキッチンに行き、冷たい水で顔をゴシゴシと洗う。お湯を沸かし、熱く苦いコーヒーを飲む。目が覚めさっぱりした。とにかく落ち着くことを考えた。そして、祖父が手紙を渡しながら、解放されたと喜び感謝したのを思い出した。
《このことだったんだ。手紙を渡すことで夢が終わる。おじいさんも同じ体験をしたんだろうな。手紙を託せる誰かを待っていた。あ~ぁ、渡すべきだった。それにしても、手紙の内容が知りたいな。怖いけど、もし読んだらどうなるんだろう。彼女の怨念で殺されてしまうのか・・》
私は、恐怖より興味心が打ち勝ち、読むことを選んだ。
窓際のデスクの引き出しから、新之丞の手紙を入れた封筒を取り出した。古く黄ばんだ便箋を恐る恐る広げて見る。万年筆の達筆な字で事細かく書いてあった。想像を絶する文字に私の目が膠着し、便箋を持つ手が小刻みに震えた。