ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

雨宿り  Ⅳ

「さて、ここからが問題なんじゃ。それで・・」
 祖父は中庭に目を置き、真剣な眼差しで何かを見詰める。私は近くにある冷水器からお茶を汲み、祖父の横のテーブルにコップを置いた。祖父は一口飲み、喉の渇きを潤すと再び語り始めた。
 敗戦の翳りが感じられる頃、新之丞が学徒出兵に召集された。祖父は工学部のため群馬の中島飛行場へ配属されたが、新之丞は文学部にいたので戦地へ。実家の新潟に疎開したらしい美佐江に、出兵を伝えることが叶わなかった。
 新之丞から手紙を預かった祖父は、教えられた思い出の民家に通ったが彼女に会えなかったという。しばらくして、祖父も群馬へ配属。その後、東京が空襲で焼け野原になり、新之丞も南の島で戦死した。
 終戦後、祖父はそのまま群馬に残り生活を始める。美佐江に新之丞の手紙を渡す機会が遠退き、現在に至ってしまった。ただ、幾度か東京に行き民家らしき場所を探したが、当時の面影は全く変わり果て探すのを諦める。祖父は今でもその手紙を大事に持っていた。
 私が夢の話をすると、祖父は驚き信じられない顔を見せた。
「なに? お前も夢の中で美佐江さんに会ったのか?」
「どうして?」
「ワシも夢の中で会ったからだ。必ず、雨宿りをする場面に現れるのじゃぁ」
 帰りがけに、部屋から手紙を持って来ると私に預けた。
「ワシが渡せなかったのは、新之丞ではなかったからだ。お前は新之丞に似ている。夢に出る美佐江さんは、お前を新之丞と思っているようだ。この手紙を受け取るかもしれん」
「おじいさん、それは無理だよ。夢の中では現実の手紙を渡すなんて・・」
「いいや、大丈夫だ。それに、これを渡さないと終わらない」
「何が、終わらないの?」
「夢さ!」
「・・・・」
 祖父は別れるとき、私に感謝した。
「お前のお陰で、やっと解放される。あの世で新之丞に怒られずに済むよ。ありがとう・・」
 私は、祖父から預かった手紙を大事に持ち帰る。帰りの新幹線も混雑していた。やっと座席に落ち着くことができた私は、窓際に寄りかかりウトウトしていた。熊谷駅を過ぎたころ、外の景色にフッと目をやった。すると、彼女の顔が目の前に現れた。私は一瞬身を引き、横の女性に目を移す。見知らぬ女性は、怪訝な顔で私を睨む。私は黙礼して詫びた。
 再び窓ガラスに目を戻すが、流れる景色だけであった。
《驚いたな~。でも、物悲しい顔に見えた。怖いという印象は無かった。不思議だ。オレがこの手紙を預かり持っていること、感じているんだろうか。夢を終わらせるには、この手紙が関係している。まさか・・》
 帰宅すると、祖父から預かった手紙をベッド横のテーブルに置いた。ベッドに横になり目を閉じて眠るが、手紙が気になってなかなか寝付けない。この状態が数日ほど続いた。
 その日は、午後から断続的な雨が降っていた。

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