ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

雨宿り  Ⅲ

 寝汗で下着がびっしょりだった。シャワーを浴び気持ちがさっぱりする。
《あの名前は誰だろうか。腑に落ちない。オヤジに聞けば分かるかもしれないなぁ》
 その日の夜、仕事から帰るとオヤジに電話した。
「オヤジさん、元気かい?」
「どうした、お前から電話が来るなんて珍しいじゃないか? まあ、こっちはふたりとも元気だ」
「そう、それなら良かった。それで、ひとつ聞きたいことがある」
「なんだ、聞きたいことって?」
「うん、うちの親せきに新之丞、大河内新之丞という名の人を、知っている?」
「新之丞? 大河内 新之丞?」
 群馬の田舎に住む父親は、電話口で名前を繰り返した。
「そうだ、じいさんに聞けば分かるかもしれない。小さい頃に、その名前をじいさんから聞いた気がする」
「えっ、そうなの?」
「軽い認知症になっているが、今なら聞けると思うよ」
「分かった。明日でも行ってみるよ」
「おい、彼女はどうした? 早く結婚しろよ!」
 翌日の土曜日、午前だけ仕事に出て午後から休暇をとった。満員の新幹線に乗り、高崎の介護老人ホームに入居中の祖父を訪ねる。
 中庭に面した冷房の効くホールで待つ。車椅子に乗せられた祖父が、介護士に付き添われてホールへやって来た。
「おじいさん、こんにちは!」
「うん? お前は誰だ?」
「え~、孫の晋介ですよ」
 一瞬、私は心配した。
《孫のオレを忘れるなんて、昔の話は無理かなぁ》
「お、お~、そうじゃぁだったのう。晋介だ。良く来たなぁ」
「あ~、良かった。忘れられたと思ったよ」
「ばかな、ワシはまだまだピンピンだよ。可愛い孫を忘れるか」
「そうだよね。元気そうだもの。」
 私は安心した。介護士が祖父を残して行ってしまった。
「おじいさん! 大河内 新之丞って誰だか知っている?」
 祖父は、その名前を聞くと目を大きく見開いた。そして、何を思い出したのか、肩を落とし寂しそうな顔になった。その祖父の様子に、私が触れてはいけないものを呼び戻したようだ。
「大丈夫なの? まずかったかな?」
「いいや、平気だよ。もう古い話だが・・」
 祖父は遠い昔を思い出しながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
 祖父には仲の良い新之丞という従兄弟がいた。小さい頃から一緒に育てられ、良く遊んだ。ふたりは東京の同じ大学に入学したが、太平洋戦争が始まる。その頃に、新之丞が三つ年下の和服の似合う美佐江と知り合ったらしい。
 ある日、突然の夕立に襲われた新之丞が、古い民家の軒先に雨宿りしていると若い女性が逃げ込んできた。それが美佐江であり、ふたりの出会いであった。

×

非ログインユーザーとして返信する