ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

無題  完

 映写会は雨のために延期になってしまった。しかたなく、本部で見ることになる。フイルムの音だけが聞こえ、全員がボーッと画面を見詰める。
「どうして、喋らないんだ」
 勇ちゃんが、オレ達に言った。映写会ではアドリブでやるはずだったが、四人は延期になったために気持ちが落ち込んでしまった。
「うん、最初からやるよ」
 敏ちゃんが、ぼそぼそとオレ達に言ったので準備した。貴ちゃんがフイルムを巻き戻し、最初から映す。
「艦長、大変です。敵機が襲ってきます」
「なに! 敵機だと。こしゃくな、撃ち落せ!」
「ブウーン、バリバリ・・。ヒューン」
「やばい、魚雷がこっちに向かっている」
「ドッカン!」
「艦長、やられました。ふ、船が沈みそうです」
「ばか! 早く敵機をやっつけろ!」
「了解しました。バスーン、バスーン」
「わあ~、やられた~。よし、こうなったら体当たりだ」
「ドッカン!」
「やった、撃ち落したぞう」
「ゴボゴボ」
「わしは、艦長だ。船と共に沈む。お前たちは早く逃げろ」
「艦~長~に、敬礼」
 四人は並んで敬礼して終わる。
 パチ、パチと力の無い拍手。
「なんかさあ、面白くないね」
 幸雄ちゃんが言ったので、四人はしゅんとなる。
「あ~、ごめん、ごめん。良くできているよ。ただ、入場料は無理だ?」
「じゃあ、どうすればいいんだ? 失敗かよ」
 敏ちゃんが口をとがらして聞いた。貴ちゃんが敏ちゃんを止めた。
「やめなよ。罰が・・」
「あっ、そうか。いいや、なんでもないです。失敗です。次に考えます」
 敏ちゃんは頭を下げる代わりに、敬礼した。
「もう、いいよ。これはこれで、良くやった」
 孝夫ちゃんが慰めてくれた。
 その一週間後の夜。四人が本部へ呼ばれた。
「勇ちゃんが、これから材木置き場へ行くから、一緒に行ってくれ」
 
 私の記憶では、勇ちゃんの後に歩いた。ただ、それがどこなのか覚えが無い。暗い中で長く重い木材を運ばされる。本部に持ち帰ったのは、だいぶ遅い時間であった。姉に怒られた。
 その数日後、二人乗りのボートが本部の前に置かれた。コール・タールのような黒い液体を塗らされた記憶がある。乾かしては塗る作業を数日間繰り返した。手の汚れは簡単に落ちない。
 十月の末、出来上がったボートをリヤカーに乗せて烏川まで運ぶ。川面に浮かべ、まず最初に幸雄ちゃんと孝夫ちゃんが乗り込むが、沈むことなく浮かんだ。全員が喜びはしゃぐ。
「順番に乗っていいからな。今日は試しだから、すぐに交代だ。いいね」
「順番は、じゃんけんだよ」
 幸雄ちゃんがじゃんけんをさせて、順番を決めさせた。みんな真剣だった。私は、最後になった。濡れてもいいように、全員が水泳パンツに着替える。ワイワイと騒ぎで川の中に入った。
 しばらくして、誰かが寒いからと焚火を燃やした。オコちゃんがボートの上に立ち上がりふざけた。その瞬間、ボートがひっくりかえる。全員が川の中に入って懸命にボートを立て直す。
「勇ちゃん、焚火が大変だよ!」
 浩ちゃんが叫んだ。幸雄ちゃんと賢ちゃんが急いで焚火の所へ行き、消し止めようとする。他のみんなも手伝う。ようやく消すことができたが、大変なことになっていた。
「あれ、着物が燃えちゃった」
「本当だ、どうにやって帰るんだ」
「母ちゃんに怒られるよ。どうする?」
 ボートどころの話ではない。街中をパンツ一丁で歩かなければならない。
「いいじゃないか。堂々と歩いて帰ろう。さあ、帰るぞ!」
 勇ちゃんの言葉に、全員が勇気付けられパンツ一丁で帰ることになった。ボートを乗せたリヤカーを押しながら、街中を歩いて帰る。
 翌月、私は急に引っ越しすることになった。空気の良い環境が母の退院条件であったからだ。本部のみんなに伝えたとき、私は泣いた。
「輝ちゃん、正式な仲間だからね。いつでも、遊びに来ていいよ」
 勇ちゃんが伝えた。幸雄ちゃんや孝夫ちゃんも頷いた。
「俺たちは永遠の仲間だ!」
 敏ちゃん、貴ちゃんに浩ちゃんが同時に叫んだ。


 あの三人の顔が、私の記憶から消えない。今、どこに住んでいるのだろうか。会いたい。話をしたい。忘れかけたあの時のことを教えて欲しい。
 思い出が詰まった町内を見回した。もうここには再び訪れることはない。記憶のピースを完全に埋められなかったが、わずかな温もりを胸に抱くことができた。後ろを振り向かず、高崎駅へ向かった。
 記憶は不思議な感覚である。幾星霜過ぎても幼き心を忘れさせない。

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