無題 完
映写会は雨のために延期になってしまった。しかたなく、本部で見ることになる。フイルムの音だけが聞こえ、全員がボーッと画面を見詰める。
「どうして、喋らないんだ」
勇ちゃんが、オレ達に言った。映写会ではアドリブでやるはずだったが、四人は延期になったために気持ちが落ち込んでしまった。
「うん、最初からやるよ」
敏ちゃんが、ぼそぼそとオレ達に言ったので準備した。貴ちゃんがフイルムを巻き戻し、最初から映す。
「艦長、大変です。敵機が襲ってきます」
「なに! 敵機だと。こしゃくな、撃ち落せ!」
「ブウーン、バリバリ・・。ヒューン」
「やばい、魚雷がこっちに向かっている」
「ドッカン!」
「艦長、やられました。ふ、船が沈みそうです」
「ばか! 早く敵機をやっつけろ!」
「了解しました。バスーン、バスーン」
「わあ~、やられた~。よし、こうなったら体当たりだ」
「ドッカン!」
「やった、撃ち落したぞう」
「ゴボゴボ」
「わしは、艦長だ。船と共に沈む。お前たちは早く逃げろ」
「艦~長~に、敬礼」
四人は並んで敬礼して終わる。
パチ、パチと力の無い拍手。
「なんかさあ、面白くないね」
幸雄ちゃんが言ったので、四人はしゅんとなる。
「あ~、ごめん、ごめん。良くできているよ。ただ、入場料は無理だ?」
「じゃあ、どうすればいいんだ? 失敗かよ」
敏ちゃんが口をとがらして聞いた。貴ちゃんが敏ちゃんを止めた。
「やめなよ。罰が・・」
「あっ、そうか。いいや、なんでもないです。失敗です。次に考えます」
敏ちゃんは頭を下げる代わりに、敬礼した。
「もう、いいよ。これはこれで、良くやった」
孝夫ちゃんが慰めてくれた。
その一週間後の夜。四人が本部へ呼ばれた。
「勇ちゃんが、これから材木置き場へ行くから、一緒に行ってくれ」
私の記憶では、勇ちゃんの後に歩いた。ただ、それがどこなのか覚えが無い。暗い中で長く重い木材を運ばされる。本部に持ち帰ったのは、だいぶ遅い時間であった。姉に怒られた。
その数日後、二人乗りのボートが本部の前に置かれた。コール・タールのような黒い液体を塗らされた記憶がある。乾かしては塗る作業を数日間繰り返した。手の汚れは簡単に落ちない。
十月の末、出来上がったボートをリヤカーに乗せて烏川まで運ぶ。川面に浮かべ、まず最初に幸雄ちゃんと孝夫ちゃんが乗り込むが、沈むことなく浮かんだ。全員が喜びはしゃぐ。
「順番に乗っていいからな。今日は試しだから、すぐに交代だ。いいね」
「順番は、じゃんけんだよ」
幸雄ちゃんがじゃんけんをさせて、順番を決めさせた。みんな真剣だった。私は、最後になった。濡れてもいいように、全員が水泳パンツに着替える。ワイワイと騒ぎで川の中に入った。
しばらくして、誰かが寒いからと焚火を燃やした。オコちゃんがボートの上に立ち上がりふざけた。その瞬間、ボートがひっくりかえる。全員が川の中に入って懸命にボートを立て直す。
「勇ちゃん、焚火が大変だよ!」
浩ちゃんが叫んだ。幸雄ちゃんと賢ちゃんが急いで焚火の所へ行き、消し止めようとする。他のみんなも手伝う。ようやく消すことができたが、大変なことになっていた。
「あれ、着物が燃えちゃった」
「本当だ、どうにやって帰るんだ」
「母ちゃんに怒られるよ。どうする?」
ボートどころの話ではない。街中をパンツ一丁で歩かなければならない。
「いいじゃないか。堂々と歩いて帰ろう。さあ、帰るぞ!」
勇ちゃんの言葉に、全員が勇気付けられパンツ一丁で帰ることになった。ボートを乗せたリヤカーを押しながら、街中を歩いて帰る。
翌月、私は急に引っ越しすることになった。空気の良い環境が母の退院条件であったからだ。本部のみんなに伝えたとき、私は泣いた。
「輝ちゃん、正式な仲間だからね。いつでも、遊びに来ていいよ」
勇ちゃんが伝えた。幸雄ちゃんや孝夫ちゃんも頷いた。
「俺たちは永遠の仲間だ!」
敏ちゃん、貴ちゃんに浩ちゃんが同時に叫んだ。
あの三人の顔が、私の記憶から消えない。今、どこに住んでいるのだろうか。会いたい。話をしたい。忘れかけたあの時のことを教えて欲しい。
思い出が詰まった町内を見回した。もうここには再び訪れることはない。記憶のピースを完全に埋められなかったが、わずかな温もりを胸に抱くことができた。後ろを振り向かず、高崎駅へ向かった。
記憶は不思議な感覚である。幾星霜過ぎても幼き心を忘れさせない。