ウイルソン金井

創作小説。短編が主体ですが、長編小説も書きます。

創作小説を紹介
 忘れ水 幾星霜  偶然の出会いが必然なのか、憧れは恋へ。恋は愛へ。山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。ひょんな出会いからの交流。そして・・。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズの第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 雨宿りに続く大河内晋介シリーズの第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 怪奇な夢を見続ける主人公。夢に現れる和服姿の美しい女性。それは不思議な縁から始まるものであった。
 ア・ブルー・ティアズ 入院中の父子が生死の別れ際に触れ合う姿。その様子見た主人公が、自らの父に対する情念を考える。また、夜間の救急病院で起きる生と死のドラマ。

ア・ブルー・ティアズ (蒼き雫) Ⅲ 

 クリスマスのイルミネーションが町の至る場所に飾られ、彩りの風景が行き交う人々の心を楽しませる。病院でも各階のナース・センター前に、小さなツリーが置かれ患者の目を和ませた。
 巡回の折、いつも気にかけている佐藤の様子をナース・センターの画面から眺めている。白く冷たい壁に囲まれ何もない天井を見つめる佐藤の姿。担当の看護師の話では、緊急入院の三日後にアルコールが抜けて穏やかな表情になったという。意識は未だ戻らないが、近日中に一般病室へ移される予定だと聞き、私は心の中でホッとしていた。
 私が当直の日の夜、集中治療室の佐藤が息を引き取った。
「もし、もし、集中治療の佐藤さんが亡くなったの」
 私は半信半疑で看護師からの報告を聞いた。
「えっ? 本当に?」
「ええ、たった今よ。それでお姉さんに連絡したから、霊安室をよろしく!」
 病院裏の霊安室に向かう。外の空気は冷たかった。鍵を開け電灯とエアコンのスイッチを入れる。私はがらんと変哲もない部屋を見渡す。
《様々な人生を歩んだ人たちが、ここを通り抜けて行った。なにか不思議な場所に思える。いずれ俺も通るんだろうなぁ》
 呼ばれた姉夫婦が立ち会い、医師の死亡確認を行う。医師が作成した死亡診断書の記載事項をチェックしてから、封筒に入れて遺族の姉に手渡した。私は黙って目礼し頭を下げた。
 私は冷えた空気を吸いたいと思い、事務所へ戻らず外に出た。人の死はさめざめと感じるもの。なぜか、私は佐藤の死に不思議な温もりを感じてしまった。
《あの震災が無ければ、彼の人生に死を望むなんて有り得なかったはず。最愛の家族が自分を残し逝ってしま・・》
 不意に、鼻腔の奥と目頭が熱くなる。寒空を見上げる目に、青白い月の光が霞んだ。
《震災後の彼は死を観念的なものと捉え、恐怖を乗り越え死の淵を渡りたいと願ったのか。現実の世に戻ることなく、家族に早く会える道を選んだのであろう・・》
 一時間後、死後処置を施した佐藤が霊安室に移される。狭い部屋の中は線香の匂いと煙が充満した。葬儀社の車が迎えに来た。部屋の扉が大きく開くと、冷ややかな空気に線香の匂いと煙が押し出される。ためらう事もなく寒空へ飛び去った。
 年の瀬が間近。今冬は、厳しい寒さが予想され、雪国では既に例年を上回る大雪が降っているとニュース番組で報じている。私は寒さに弱く、妻から意気地がないと笑われている。人それぞれだから仕方ないことだ。対策は重ね着しかないと信じている。
 今夜の救急外来は忙しく、九時過ぎにようやく一息つくことができた。当直の山形先生は疲れた様子で、早々に医局へ戻っていった。私はいつもより遅れて巡回に行く。六階の廊下に、関川青年がぽつねんと立っていた。
「あれ、どうしたの?」
「はい、この寒さでは床に寝るのが厳しいので、ベッドに替えてもらっています」
「そうですよね」
「父はほとんど身動きもしない状態です。転落する危険性も無くなったのでお願いしました。看護師さんも世話するのにベッドの方が楽でしょう?」
「確かに、そうでしょう。特に、年配の看護師さんでは・・」
 ベッドの準備をしていた西川看護主任に聞かれたしまった。
「横山さん! お気遣いあ・り・が・とう。私が一番お年寄りですからネッ!」
 私の顔を見て睨む。私は自分の失言に手を合わせ詫びた。すると、ベッド横の写真立てを見た西川看護主任は、話題を変えた。
「これ、紅葉でしょう? 綺麗ねぇ。こっちはお孫さん? いつ生まれたの?」
 私も関川の初孫の写真を見せてもらう。
「おめでとう。男の子ですか?」
「はい、四日前に生まれました。男の子です」
「名前は?」
「名前はまだです。父に頼みたいのですが・・」
 西川看護主任はとっさに空気を察し、身動きしない関川の耳元に囁いた。
「早く良い名前を考えてあげてね。関川のおじいちゃん」
 関川青年の肩を軽く叩くと、病室から出て行った。
「じゃあ、奥さんによろしく!」
 私もタイミングを外さないうちに声をかけ病室を出る。
 巡回から事務所に戻ると、救急隊から電話が入った。
「箕郷分署の山田です。救急搬送の依頼です」
「はい、どうぞ」
「施設に入所の八十七歳の女性。三十分前に意識が無く救急要請です。レベル三(呼びかけに無反応)の状態で、血圧七十五の三十七、サチュレーション(酸素濃度)七十%」
「はい、ちょっと待ってください。先生に聞きます」
 電話を保留にして、山形先生に救急患者の内容を報告。
「分かりました。個室はありますね。それに、CTを準備してください」
 私は内線を切り、救急隊員に受け入れを承諾する。休憩室の看護師に知らせてから、自宅待機のレントゲン技師に呼び出しの連絡をした。
 救急車は十五分後に到着。搬送中に心肺停止となり、隊員が心臓マッサージを対応していた。山形先生が、施設職員から状況説明を聞く。夕食後は好きなテレビ番組を静かに見ていたが、消灯のために部屋へ行くと意識が無かったので救急車を要請したという。
 説明を聞き終わった山形先生は、隊員に代わり心肺蘇生を始める。先生の動作に合わせ
“ギュッ、ギュッ、ギュッ”と、夜間の診察室に奇妙な音が響く。私には死の淵から患者を引き戻す音に聞こえた。医師の額に汗の粒。
 二十分後、医師の献身的行為と体力によって、回復の兆候が認められた。山形先生は、すぐに静脈血管の確保と血管拡張剤、強心剤の点滴を指示する。そして、集中治療室に移すよう手配した。
 高度な医療技術の進歩によって、以前は命を落とす患者も助かる率が高くなった。だが、高齢者は一命を取り留めても、自分の意志では何もできない寝たきり状態だ。経鼻カテーテルと点滴の管に繋がれ、大きく口を開けて無機質な天井を見つめている姿だ。

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