千恵と恋をするなら、きちんとスタート・ラインを発とう。彼女を悲しませてはいけない。俺はそう考えた。 「千恵ちゃん・・。さっきさぁ・・、約束のこと、俺は言ったよね」 「うん、でも・・。内容を言ってないよ」 恐らく、困惑するだろう。もしかしたら、嘆き、泣きわめくかも。 「しばらく、会わない。それが、約束だよ」 千恵の鋭い眼差しに、俺はたじろぐ。 「嫌いだから、じゃないよ。千恵ちゃんと、本当の恋…
もう、隠す必要はないと判断し、千恵にあの人のことを話す。 「その人は、素敵な人?」 「うん、素敵な人だった」 千恵の瞳が揺らいでいる。懸命に想像しているようだ。 「私と比べたら・・」 「比べることじゃないよ。人それぞれに個性がある。素敵の意味も異なるからね」 「ふ~ん。でも、金ちゃんが素敵に思った理由を教えて?」 あの人の素敵な理由? 言葉に表せない。心の感覚かな? 「ねえ、隠すこと無いじ…
「まだ、学校が終わっていない。それに研修もあり、どこへ行けるか分からないんだ」 千恵は視線を外すことなく、俺の言葉を聞いている。 「だから、結婚なんて考えられない。千恵ちゃんも若いしね・・」 「9月で、19になるわ。待っていたら、おばさんになっちゃう」 「あはは・・、佐藤さんに聞かれたら、叱られるよ」 「そうか、うふふ・・」 俺は千恵の手を握り、再度ベンチに腰掛ける。 「それでね、時間が掛か…
俺は驚き、目を見張る。 「そうなの。お祖母ちゃんから、いろんな国の話を聞かされたわ。だから、小さい頃からの夢だった」 「お祖母ちゃんが、何故?」 千恵の説明によると、祖母も外国の生活に憧れていたという。実際に、祖父と一緒にヨーロッパや北中米へ観光旅行した。 「だから、外国に住めたらいいねって、いつも話していたの」 俺の考えが、さらに前向きになった。 「じゃ、千恵ちゃんは外国に住むこと、問題…
「千恵ちゃん、俺は正直に話すから、良く考えてね」 彼女の体が不安で固まる。 「そんなに、緊張する必要はないよ」 肩を軽く摩る。 「うん、分かった・・」 「人を好きになること、決して悪いことじゃない。俺はたくさんの人を好きになった。残念だけど、嫌う人もいたし、嫌われもした」 何を説明しようと、しているんだ。千恵も、首を傾げ理解に苦労している様子だ。 「あっ、ごめんな。何を話すか、忘れちゃった…
翌々日の夕食後、千恵から連絡が来た。 「金ちゃん、元気!」 すごく元気な声が、携帯から響く。 「ああ、元気だよ。もう少し、声を低く・・」 幸いに、談話室には誰もいなかった。ただ、誰かに聞こえたら、大変だ。 「分かった・・。それからね、もう仕事しているからね」 「そうか、良かった。それで、今日は?」 「・・・」 ほんの間、会話が途切れた。何かを話したいようだ。 「どうしたの? 言いたいこと…
佐藤が意味ありげに微笑んだ。 「何が面白い? 俺にとって、深刻なことだよ」 「あ、ごめん。面白いとは、思っていないわ。ただ、・・」 「ただ、って・・、なんだよ?」 不愉快になり、つっけんどんな言い方をした。 「ただ、千恵ちゃんを軽々しく考えていないと、分かったから。安心して、つい微笑んでしまったの。それが、何故いけないのよ? 可笑しな、金ちゃん」 何故不愉快なのか、俺にも分からない。 「ま…
俺の考え方は一方的なのかもしれない。この先、どんな障壁が待ち構えているか、想像もつかない。でもな、一番の問題は恋愛だろう。 「ねえ、金ちゃん。あの子の行動を、どう思ったの?」 「うん、積極的だった。本音で言えば、体で誘うことが恋愛と思っているように感じた」 これが現代風の恋愛なのであろう。いじらしい恋。淡い恋。密やかな恋。俺の考えが古風なのかもしれない。 「千恵ちゃんは、本当の恋心を知らない…
彼女なら理解すると思い、洗いざらい話すことにした。 「佐藤さん・・、今回のこと全て話すよ。ハッキリ言って、悩んでいるんだ」 「ええ、千恵ちゃんからも告白されたわ。あなたに抱かれ、キッスもしたそうね」 やはりな、あの子らしい。 「そのことで、どう思った?」 「う~ん、いろいろ考え、妬みも感じたわ」 佐藤の表情に、話すことを躊躇い決心が揺らぐ。 「そうだろうな~。ん~、困った」 「困ること無い…
それからの数日は、何故か苛立ち落ち着かない。千恵から音沙汰が無く、俺の脳は完全に支配された。残暑と千恵の思いが、俺を焼き焦がす。 ほぼ一週間後、佐藤から呼び出される。 「今晩は、まだ暑いわね。元気だった?」 「うん、まあね。ところで、今日はなんの話かな?」 昼間より幾分暑さが和らぐも、未だに蒸し暑く気分が優れない。団扇でバタバタとあおぎ続ける。 「千恵ちゃんから、事細かく聞いたわ。時折、べ…