ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第二章 Ⅸ

「実は、とうに消え去った青春の面影が、不意に現れたことなの。それも三十年も経ってからよ。ブラジルに来て不慣れな環境での生活が、私の時間と小さな夢まで奪い、すべてを消してしまったはずなのに・・」
 佐和は亜紀の話を聞きながら、冷えたレモネードを亜紀の飲みかけのグラスに注ぐ。
「輝君・・、あっ、ごめんなさい。彼の名前なの・・」
 亜紀は佐和に目礼をしてから、注がれた冷たいレモネードを口に含み話を続ける。
「彼との出会いは、戸惑うことばかり。彼は年下の高校生、それに私はブラジルへ移住することが決まっていたの。初めは軽い気持ちで交際したわ。当時の私には青春の言葉なんて、諦めて考えてもいなかったから。それが・・、それが、輝君によって私の心が覆されてしまった。でも、自分が徐々に変化し、初めて経験する感情が芽生えた・・。その感情は今も生き続けて・・いる・・わ」
 亜紀は、深奥の言葉を初めて他人に口外できた。苦しめた自分の心に、ほんの少し潤いが戻る思いであった。目頭が熱く、涙がスーッと溢れ出る。エプロンで軽く拭う。
「そう・・、あの緊張が理解できたわ。突如、思い出の初恋が甦ったわけね。それで、思い出の人は、どんな人?」
 佐和はテーブルに肘をつき顎を乗せ、亜紀の顔をまじまじと見て返事を待った。
「ん・・、そうね、強引にラブ・レターを渡す激情なタイプかな? 繊細な詩人でもある楽しい人。でも、三十年も過ぎているのよ。変わっているかも・・。年老いたら、タロウさんかな? ふふふ・・、仕草が良く似ているのよ」
「ふう~ん、タロウさん似ね。フフ・・、とてもイメージが浮かばないわ。フフフ・・」
 ふたりは互いの顔を見合わせて笑う。改めて思い出し、バスケットのクッキーを手に取り頬張った。
「お互いに好きだったのでしょう?」
「うん、後悔しているわ。私がすべて悪いの。ひたむきな気持ちを、さらっと受け流すことができなかった。早めにブラジル行きを知らせ、違う形の交際をするべきだった。でもね、逢えば逢うほど切なく、私の心を迷わせたの」
「分かるわ。それに近い経験をしたもの。亜紀さん、誰しも一度は味わう経験よ」
 佐和は、亜紀の言葉に幾度も頷く。亜紀は軽く息を吐いた。
「最後まで、直接に伝えられなかった。やむを得ず、高校時代の仲の良い千香・・」
「千香って、北島さんの知り合いの人ね」
「ええ、そうです。彼女に手紙を託したの。それも、私が日本を離れる日にね。私って卑劣よね。千香は、私の身勝手さに、悲しみ怒ったわ。だって、輝君は彼女のいとこで、弟以上に大切な人だから・・」
「まあ~、不思議な縁なのねぇ。それに、千香さんの存在とは・・」
「そう、思うでしょう。その輝君が、私に思いを寄せ悩んでいることを、千香が一番心を痛めていたもの」
「彼のために、ブラジルまで来られるのね。体の状態があまり良くないのに・・」
「ええ、千香らしいわ。だから、私は千香が好きで親友になったの」
《千香、ごめんね。本当は、あなたに会う資格なんて、私にはないのよ》

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