ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

無題 Ⅲ

 カブスカウトの二泊三日の宿営キャンプで新潟の海へ行き、帰って来た翌日の朝。隣の家に住む幸雄ちゃんから本部に来るよう言われた。すぐに本部へ行くと、孝夫ちゃんがみんなのTシャツをめくって、肌の焼け具合を調べていた。
「輝ちゃんも見せて」
 オレは、言われたとおりに背中を見せる。
「おっ! 輝ちゃんが一番焼けている。勇ちゃん、確認してよ」
「うん、こりゃあいいぞ。輝ちゃんに決めた」
 みんなが拍手。オレは意味不明でみんなの顔をキョロキョロと見回してしまった。
「あのね、城南プールの大会に輝ちゃんが選ばれたのさ。良かったね」と、オコちゃんが教えてくれた。
「えっ? なんの大会に?」
「ク・・坊大会だ。誰が一番日焼けしているかの大会だ」と、孝夫ちゃんが説明した。
「え~、オレが出るの~。本当に~? 嫌だ、恥ずかしいもん」
「本部第二条、第五条だ! 本部の決定だからね」と、幸雄ちゃんが鋭い目つきで言った。すぐに、にやっとしたのでオレはあの刑を思い出し、体がぶるっとする。
《出るのは嫌だけど、幸雄ちゃんの握り屁はもっと嫌だ》
 しかたなく承諾した。優勝すればたくさんの商品が貰えるという。本部はそれが狙いだった。出場すればプールの入場料がタダとなるので、オレは喜んだ。
 受付で参加の申し込みをする。もちろん入場料は無料だった。水着に着替え他の参加者と一緒に、大会テントの前に一列に並ばされた。審査員と会場の視線を浴び緊張する。
 参加者は冷たい井戸水の場所に連れて行かれ、順番に浴びせられた。冷たいって生易しいものではない、氷水を浴びさせられたに等しい。緊張で震えていたが、今度は冷たさに震えた。参加者全員の唇が紫色になるほどであった。
 しかし、それ以上の過酷な審査が待っていた。数人の大人が固く絞ったタオルで、日焼けの肌を容赦なく擦る。あまりの痛さに悲鳴を上げて、涙を流す参加者もいた。
「無茶だよ、この痛さは半端じゃない!」と、オレは叫んでしまった。
「ごめんな。ふふふ・・、でも、本当に日焼けなのか、垢で黒いのか厳密に調べているんだよ」と、笑いながら擦り続ける。
 オレは背中がヒリヒリと痛く、緊張なんて吹っ飛んでしまった。審査は終わり、男女二十人がプール・サイドの特設ステージ台で発表を待つ。オレは上位五人に残り、前に出るよう指示された。先に女子が発表。優勝者には驚くほどの景品が渡された。
《へぇ~、あんなに貰えるんだ。でも、オレは優勝なんて無理だろうなぁ》
 ようやく男子の番になった。五位から呼ばれ、五位でなく四位、三位と進むが自分の名前は呼ばれなかった。
《え~、ふたりになっちゃった。》
 司会者が、オレともうひとりを見比べながら、なかなか発表しない。
「優勝者は・・、さて、どちらでしょうか?」
《もう、心臓が破裂しそうだ~。早く言ってくれ~》
 一瞬、会場が静まり固唾をのむ。司会者がオレの顔を見た。
「優勝者は、羅漢町の金井君で~す。おめでとう!」
《えっ、オレ?》
 会場から大きな拍手と歓声が沸く。ステージの下で見ていた本部のみんなが大喜びだ。背中の痛みを忘れ、有頂天になってステージ上を駆け巡ってしまった。大会委員に呼ばれ優勝カップと商品が渡され、オレはステージ下に待つ孝夫ちゃんへ預ける。
 その後、女子の優勝者と一緒に地方紙の記者からインタビューを受け、何枚もの写真撮影された。急に有名人になった気分である。ステージから降りるときに、偉い人が周りに片手を振り“やあ、やあ”という仕草を真似ていた。下で待っていたみんなに、お祝いだと言われながらポカポカと頭を叩かれる。
「輝ちゃん、よくやった。本部の誇りだ!」
 勇ちゃんから褒められ、単純にも自分を誇らしく思った。
 その日は、誰も泳がないで本部に戻った。賞品の大きなスイカで祝勝会。勇ちゃん専用の木箱に、オレは特別に座ることを許された。
「あ~ぁ、輝ちゃんはいいな」と、敏ちゃんが羨む。
「誰でも本部のために尽くせば、この席に座らせる」と、勇ちゃんが言った。
「じゃあ、なんでも頑張れば座れるチャンスがあるんだね」
「もちろんさ、俺だって一回だけど座ったことがある」と、賢ちゃんが自慢げに話した。
「え~、凄いな賢ちゃん。なんで座れたの?」
「うん、のど自慢大会・・。それもここ本部のだけど・・」
「なんだ、それでも座れたんだ」
 そのとき、オコちゃんが家の台所から切り終わったスイカを運んで来た。昼間の本部はまるで蒸し風呂状態だが、誰も文句を言わずに汗を流しながら食べた。
 帰り際に、褒美として景品の中からノート一冊と鉛筆箱を受け取った。本当は十二色の色鉛筆が欲しかったが我慢した。
「この鉛筆箱、どうしたの?」
 家に帰ると、不思議に思った姉ちゃんが聞いてきた。オレは城南プールのク・・ウ大会で優勝したことを話したが信用されなかった。しかし、翌日の新聞に写真入りの記事を読み、笑いながら驚き信じた。
「輝坊! 病院の母ちゃんにこの新聞を見せて来なさい。母ちゃんが喜ぶよ」
「うん、そうだね。病気が治っちゃうかな?」
「そうね・・、治るかもしれないね」
「じゃあ、これから行ってくる!」

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