青き残月(老少不定) 完
松原君が病院に運ばれ、たった今、亡くなった。佐野先生は嗚咽を必死に堪え、途切れ途切れに伝える。
「浩ちゃんは・・、『全身が・・焼けるように・・熱い、熱い』と・・言いながら、息を・・引き・・取ったの・・」
「・・・」
「付き添った・・、大・・大好きな・・お祖母ちゃんの・・手を握って・・」
「・・・」
私は、黙って聞くしかなかった。言葉より浩ちゃんの顔が、頭の中でグルグルと描き出されたからだ。
電話の音信が切れても、耳元の携帯を離すことができなかった。
松原君は、たった十三年の人生を終えた。彼の心の叫びを、誰も聞けず理解もされずに短く苦難な人生を終わらせた。人間だけでなく、すべての生き物は老少不定。それにしても、松原君の死はあまりにも短く、突然すぎると私は思った。
「信じられない。誕生日を前に喜んで帰って行った、浩ちゃんの姿・・。何故? どうして?」
葬儀には、同級生や吹奏楽部の部員など多くの人が参列。松原君の死を悼み悲しんだ。読経と参列者のすすり泣き声が、私の耳にいつまでも響く。
学校へ戻ると、ゆうあい教室に向かう。東校舎の階段を上がるが、両足が重く感じられた。三階の踊り場に差し掛かると、心臓の隅がプルッと震えるのを感じた。沈む心と重い脚を奮い立たせ、ゆうあい教室の戸口までやって来た。戸に手を触れることなく、呆然と立ち尽くす。
ゆっくりと息を吸い込み、心の中で『ヨッシ』と力を込め戸を開けた。教室の中は、薄いカーテンによって外の陽の光が遮られている。松原君の机の上には、白いカスミソウの小花が飾られていた。
私は奥の長テーブルへ目を向ける。近づき、対局途中の将棋盤を奇妙な感じで見下ろした。
「次の一手は、どうする? 難しく考えないこと。そうだろう、浩ちゃん」
私は話しかけながら、前に座った。盤面をしっかりと眺め、心の奥に収める。目頭に僅かな痛みとともに涙が溢れだす。歪む将棋の駒に軽く触れてから、一息に箱の中へ片づけた。
床にへばりついた足を引き離し、教室から出ようとした。ふと黒板に目線を向ける。そこには多くのメッセージが書き込まれていた。文字は【誕生日、悲哀、別離】などの言葉があった。その中心に『明日は、僕の誕生日。うれしいな』、花模様に囲まれた彼のメッセージ。私は、その文字に触れる。
職員室の自分の席に戻り、重い体を椅子の背もたれに預ける。両手を組み合わせグラグラの頭を後ろから支えた。静かに瞼を閉じると、人懐こい浩ちゃんの顔が浮かぶ。
明け方の空に見える残月。いつまでも青く輝き、私の心の中に映し出されるであろう。