微雨のささめき(大河内晋介シリーズ第四弾)ⅩⅢ
「もし、差し障りが無ければ、事情を教えて?」
物腰の柔らかな女性だ。年齢がほぼ私と同じくらい。妙に私を魅するので、心がときめいた。
「あ~、う~、・・」
私は戸惑い、言葉が思いつかない。
「これから、お仕事でしょう? 後で電話を頂けますか・・」
小物入れから名刺を出し、私に寄越した。私も名刺入れから抜き、急ぎ手渡す。
「大河内 晋介さん・・ね。じゃ、宜しく・・」
涼しい瞳の視線を受けた。脳天から足のつま先まで、電流が走り抜ける。
「は、はい! それでは・・」
駅から雑木林の方へ歩いて行く。私は、その後ろ姿を見続ける。
《綺麗な後ろ姿だ。あの歩き方は、千代さんに似ているなぁ・・》
小さなため息を吐き、渡された名刺を眺める。
《御堂 茜さん・・。それにしても、不思議な人だ》
時計を見ると、遅刻すれすれの時間だ。急いで駅に向かう。混雑する通勤電車の中で、吊革に手を預け思い返す。ヤツらの行動は、日増しに危険な状況だ。
「主任、おはようございます」
出社すると、若月が元気な声を掛けた。
「やあ、おはよう。何事も無かったか?」
「はい、特に問題ありません。車にも近づきませんでした」
女子事務員がカップ入りのコーヒーを、私の机に置いた。若月と目を合わせ、恥じらいながら遠ざかった。
「なんだ、彼女は君と付き合っているのか?」
「いや~、まだ一度だけ、食事を誘っただけですよ」
その後、仕事に勤しむ。ただ、朝の女性が頭から離れない。十時頃、手が空いたので、彼女に電話を掛ける。
「はい、御堂ですが・・。大河内さんなの?」
「ええ、私です。今、大丈夫ですか?」
ほんの数分だけの会話。結局、詳細は話せず、退社後に落ち合う約束をする。