ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

浸潤の香気(大河内晋介シリーズ Ⅲ)Ⅶ

「いや~ぁ、なんと心を魅了する香り!」
「そうでしょう。この香りを知って、私も虜になってしまった」
 テーブルの上には、多様な形や大きさの沈香が並べられた。
「これだけ集めるには、苦労されたでしょう」
 祖父は嬉しそうに、収集した経緯を事細かに説明した。横で聞いていた若月が立ち上がり、祖父の書棚から古い小冊子を見つけ手に取って読む。
「ジイ、この本を貸してね」
「ああ、いいけど。何か載っていたかい?」
「うん、ちょっとね。沈香にまつわる昔の話が書いてあった。それが、今回の内容に似ているんだ。主任、見てください」
 若月が差し出した小冊子を、数ページほど素読する。確かに、千代の話と一致する箇所があった。特に怨霊となった舎人の話は、権助そのままの内容である。私は背筋に悪寒を感じながら、怨霊が排除される結末に心を奪われた。
「興味ある内容だね。これは参考になる」
「そういえば、涼太から沈香が欲しいと・・、聞いたんだが・・」
「ええ、ある女性を助けるために、必要なんです」
 私は、若月の祖父に理解してもらえるか疑問であったが、今までのことを率直に話す。最初は驚いた様子だったが、話に幾度となく頷き理解したようだ。
「じつは、ワシが沈香を集め始めたころ、同じような体験をしたんだ。ワシは恐ろしくなり、逃げ出したよ。夜の電車を避け、お寺にお祓いを頼む。決してお守り袋を離さなかった。アッハハハ・・、孫の涼太も経験するなんて、摩訶不思議なことがあったものだ。笑ってしまうな、ハハハ・・」
 私と若月は顔を見合わせ、祖父と一緒に笑ってしまった。
「分かった、好きなだけ使っていいよ。ワシができなかったことを、やってあげなさい」
「感謝します。ただ、権助の邪鬼には注意しないと・・」
「そうですよ、主任! 何か対策を考えましょうよ」
 私は、自分の思っていることを彼に告げた。
「もう、考えているよ。教王護国寺(東寺)の不動明王と般若心経を活用するつもりだ」
「えっ、不動明王と般若心経?」
「大河内さん、それはいい考えだ。あの本に書いてあったやつですね」
「はい、そうです。権助の悪を絶ち仏道に導くことです」
「主任、邪鬼ですよ。邪鬼になった権助は、簡単にいかないと思いますよ」
「恐らく駄目だろう。むしろ嫌がると思う。それに他の邪鬼が許さないはずだ」
「涼太・・、大河内さんはそれを狙っているんだ。やつらの嫌がることを行なえば、やつらは必ず身を引き逃げる」
 私は不動明王のミニチュアと般若心経本を、金曜日までに手配することを若月に話した。若月は、それで納得した。
「これも、持って行きなさい。お守りになるから・・」
 祖父が、細かく削った沈香を匂い袋に入れ、ふたりに渡した。その後、祖母が用意した早めの夕食を済ませてから、東京へ戻った。

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