偽りの恋 ⅨⅩ
紅茶を飲み、俺はショートケーキ、彼女はチーズケーキを食べた。
「それで、これからどうするの?」
千恵が不安そうに聞く。
「うん、俺は兄貴に結婚のことを伝えた。だから、弥彦のお祖母さんに会って、報告したい。どうかな?」
「ええ、もちろんよ。早く行きたい」
ただ、向こうでの生活に不安が残る。先に俺だけ行き、後から彼女を呼び寄せるつもりだ。恐らく、嫌がり一緒に行くと言い張るだろう。
「金ちゃん、ん~」
顔を火照らせ、真剣な眼差しで俺を見る。俺は戸惑う。
「ん、なんだい?」
「いつまで、下宿しているの。研修が終われば、引き揚げるんでしょう?」
「ああ、そうだね。今月中かな・・」
後一週間もない。兄貴の工場へ帰るつもりでいるが、まだ許可を得ていなかった。
「どこへ、行くつもり?」
「うん、決まっていない」
「今から探すなんて、無理よ。それに数か月だけでしょう。そんな賃貸なんて、見つからないわ」
「だから、高崎に一旦帰ろうかと思っている。兄貴が許せばね・・」
千恵が視線を俺に合わせ、きっぱりと言った。
「私のアパートに、来てちょうだい。金ちゃんと一緒に住みたい!」
俺は言葉を失う。ただ見返す。彼女は、自分の言葉にはにかむ。そして、鼻を弾いた。
「ああ、・・・」
「金ちゃん、大事なことを忘れている。婚姻届、パスポート申請には現住所が必要よ」
千恵の言う通りだ。俺は夢を追うだけで、現実を忘れていた。
「確かにそうだ。千恵ちゃん、ありがとう」
半年後、二人は成田国際空港から、仲間が待つブラジルへ飛び立った。