偽りの恋 ⅧⅩⅨ
「金ちゃん、何言ってんの?」
言葉の心意が理解できず、千恵の瞳が定まらない。
「然したることじゃない。綺麗になったね、と言う意味だよ」
「まあ、驚いた。もっとストレートに話してよ」
頬を膨らませ拗ねる。
「その顔も、素敵だ」
千恵が自分の顔を両手で隠した。
「もう、私の顔を見せない・・」
「いいよ、見せなくても。もう、十分に見たから・・。アッハハ・・」
二人は笑った。俺は笑いながら、噴水の方を眺めた。
「ん? あれ・・」
男性の横を歩く女性。時折、横の男性に話し掛け、笑顔を見せる。こちらに近づいて来た。紛れも無く、あの人だった。
「どうしたの?」
俺の表情を察した千恵が、訝しげに尋ねる。
「ああ、なんでもないよ」
ただ、俺の視線に気付いたあの人が、軽く会釈した。俺も目礼を交わす。あの人の視線が、千恵に移った。そして、思わせぶりに俺を見る。
「なんなの、妙な雰囲気ね・・」
千恵が声を潜め、俺に聞く。俺は手で押さえ、千恵を黙らせた。
「・・・」
俺は声を掛けようか迷う。だが、あの人は横の男性に声を掛け、通り過ぎて行った。俺はホッと息を吐く。千恵がわざとがましい咳払い。
「ご、ごめん。あの人は、俺の昔の人だよ」
「やはりね、怖いほど意識を感じたわ」
千恵の目が、いじらしいほどの嫉妬。一瞬、俺は怖じ気付く。
「こら! 隠し事は許さない。ちゃんと説明してよ。そうじゃないと、浮気するからね。私に言い寄る男が、腐るほどいるもの」
これで、完全に主導権を奪われた。先が思いやられる。
「はい、素直に説明します」
過去の経緯を洗いざらい話した。その結果、彼女は納得し、優位な立場になったと理解する。俺は悔みきれない。