偽りの恋 ⅥⅩⅣ
目を閉じても、千恵の顔が瞼に残る。あの祖母の顔が、優しく微笑んだ。俺はどうすれば・・。自分の安易な行動が招いた結果である。
「うん、ちょっと考えさせてくれ」
「本当に?」
「ああ、本当だ。だけど、う~ん・・」
千恵の顔が一瞬明るさを取り戻すも、俺のあやふやな反応に再び顔を曇らす。
「ふ~ぅ。苦しい・・なぁ」
彼女がため息を吐く。
「千恵ちゃん・・、ごめんな。俺も苦しいよ」
鼻を弾き、ニコッと笑う。
「好きな金ちゃんを苦しめるなんて、私は考えたくない。そんなの嫌だからね」
「ありがとう、千恵ちゃん・・」
千恵の純真な気持ちが、俺に伝わる。曖昧な気持ちで、応える訳にはいかないと俺は思った。
「夏休みが終われば、直ぐに修了式がやって来る。その後、研修先へ行くが、どこだか決まっていない」
千恵が俺の手を握る。
「どこでも構わない。北海道だって、沖縄だって、私は会いに行くもの」
木々がざわざわと風に騒ぐ。俺の心もざわめく。俺は耐えきれず、立ち上がる。
「さあ、もう行こうか?」
「うん、トイレに行ってくるから、待っててね」
彼女の後ろ姿を追う。俺の心底にある夢と決意が、あの姿に翻弄されている。あの人や長谷川さんに済まないと思った。佐藤さんだって、決して許さないだろう。
しばらくして、千恵が戻って来た。
「お待ちどうさま。さあ、帰ろうか・・」
千恵の飾らない純な顔立ちに、俺の心は引き込まれる。俺の脳は断ち切ろうと努力したが、簡単に断ち切れない。
「ああ、うん、帰ろう・・」
「金ちゃん、元気出してね」
俺の腕に、彼女の腕が絡む。若い女性の体臭に、俺の脳が容易く承服した。
「もう、元気だよ」
俺は単純な男だと思った。