偽りの恋 ⅩⅤ
彼女の願いは叶えたい。本能的に望んでいる。でも、恋を前提とするキスではない。
「うん、いいよ」
俺の心を騙している返事だった。
「・・・」
佐藤は体を寄せ、唇を近づけた。瞼をしっかり閉じている。
「・・・」
左手で彼女の肩を抱いた。唇を重ねる。俺の意識は、周りの景色も風も断ち切った。同伴喫茶のキスとは、まったく異なる。積極的な佐藤のキスは、俺の脳を刺激した。
初めて経験する官能的なキスは、激しかった。彼女は我を忘れ、時間も忘れるほど悶える。しかし、決して長い時間ではなかった。唇を離すと、体を預けたまま息を整える。
「ありがとう、金ちゃん・・」
佐藤の感謝を、不思議な気持ちで聞いた。
「・・・」
俺は答える言葉が見つからない。目前に控えている別れの瞬間。彼女の悲痛を考えてしまった。もちろん、俺も苦しむだろう。
「金ちゃん・・、この恋が、どんなものなのか理解しているわ」
「・・・」
「でも、いいの。思い出の無い青春なんて、余りにも寂しすぎるもの。今までの私には、青春なんて縁が無かった。東北の田舎暮らしから都会に憧れて来たけど、工場と寮を往復する毎日よ。閑寂な日々だったわ」
華やかな都会の生活。確かに、俺も憧れた。だが、地下鉄の通勤地獄、殺伐な人間関係。日々煩雑な仕事に追われ、疲労困憊で寮に帰る。華やかさなんて、どこにも見出せなかった。
「青春なんて、かっこいい言葉だけど。どこにでも有る訳ないよな。だから、身近な恋愛が、青春と思ってしまう。一番簡単に手に入るからね」
「えっ、金ちゃんの考えって、面白い発想ね」
「そうかなぁ。若者同士が集まって騒ぐことや、異性との交流が青春と思うけど、俺は違うと思っている」
佐藤は驚き、身を引いて目を丸くした。
「金ちゃんの考えている意味が、私には全然理解できないわ」
「そうか、やっぱりね。俺は変人なんだろうな・・」