ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

冥府の約束 (大河内晋介シリーズⅡ)Ⅶ

 私たちは佐渡へ渡る前に、岬を訪れた。岬の上に立つふたりは、それぞれの思いでお堂を見詰める。私が夏の日差しに映える海を眺めているとき、福沢准教授はお堂に向かって独り呟いていた。海風が彼の声を遮る。
《彼は何を話しかけているんだろう》
 彼が肩に掛けていたバックから、私が返したあの赤い小箱を取り出し、お堂の前にそーっと置いた。
「福沢先生、その箱をどうなさるつもりですか?」
「はい、ここに置いてゆこうかと・・」
「待ってください。私に考えがあります。その箱をもう一度、私に預けていただけますか?」
「えっ、どうして?」
「紗理奈さんに会えたら、直接に渡そうと思います。どうでしょうか?」
 その時、強い海風が吹かないのに、お堂の扉がガタガタと揺れる音がした。私と福沢准教授は、同時にお堂の扉へ視線を向ける。扉は特に異常もなく、しっかりと閉まったままであった。ふたりは目を合わせ、互いに首を傾げる。
「分かりました。じゃあ、預けますので会えたら渡してください」
 ふたりは岬から下りて、駐車場の車に戻り新潟港へ行く。フェリーで佐渡の両津港に向かった。私は、フェリーのデッキで日本海を眺めながら、先ほどの呟きを確かめる。
「先生、お堂の前で何を呟いていたのですか?」
「いや、特に・・」
 福沢准教授は顔を赤らめ俯く。その様子に、私は察した。
「やはり、そうでしたか。紗理奈さんと交際していたんですね?」
「ええ、結婚する予定でした。だから、無茶するなと伝えたのですが・・。大丈夫と言って、赤い小箱を残して行ってしまった」
「・・・」
「嫌な予感がしましたが、笑顔で答えたので彼女を信じました。あの赤い小箱がお守りとは、ふたりとも知りませんでした。悔みます・・」
「・・・」
「呟いたのは・・。無事に帰ると信じていた。本当に残念だ。去年、大河内さんと会ったそうだね。僕も会いたい。でも、会ってはいけないと言われた。何か理由があるんだろうね・・。まあ、こんな内容でした」
「そうですか、辛いですね。次回、会えるとしたら、どこまで真相が判明できるか・・」
「ぜひ、お願いします」
「でも、ちょっと怖いですね。死んでいる人と会話するなんて」
 およそ二時間半後、佐渡両津港にフェリーは着岸した。さっそく岩崎翁を訪ねる。
「よう、いらっしゃった」
「こちらが、東都大学の福沢先生です」
「初めまして、福沢です」
「やはりな、紗理奈の恋人じゃと思った。最後に訪ねてきたとき、あの子がそれとなく話してくれたよ。幸せそうだった・・、可哀そうになぁ・・」
 岩崎翁は、ほんの少し俯き声が潤む。気を取り直し、私たちの顔を直視した。
「それで?」
「はい、来月の下旬に、私ひとりが岬へ行くつもりです」
「そうか・・。紗理奈なら良いが、相手は邪鬼じゃ。十分に心して行きなされよ」
「先生、紗理奈さん自身を見分ける方法が、何か分かりますか? 前回、淡いグリーンのブラウスを着ていましたが、亡くなった時の服装ですか?」
「さあ~、服装のことは覚えていません」
「そうですか・・。ところで、岩崎さん! 赤い小箱を持って行き、紗理奈さんに渡すつもりですが何か支障がありますか?」
 岩崎翁は立ち上がり、仏壇の引き出しから古い木箱を持って来る。テーブルの上に置くと、中から黄ばんだ和紙を取り出した。和紙には、岬のお堂が水墨画で書き写され、三途の川岸に立つ雄太と懸命に川を渡る八重らしき姿。そして、数匹の醜い邪鬼が、扉の前で朱墨の小箱を奪い合う様子が描かれていた。
 福沢准教授と私は、その水墨画に心を奪われる。
「こ、これは・・、いつ書かれたものですか?」
 福沢准教授は信じられない様子で、岩崎翁に尋ねた。
「ん~、確かなことは言えんが、偉いお坊さんの弟子が描いたようだ。代々伝えられたもので、年代は分からん」
 私の関心は、邪鬼が奪い合う朱墨の箱にあった。

×

非ログインユーザーとして返信する