謂れ無き存在 ⅦⅩⅥ
深まる秋の風に吹かれ、五人の思いが空へ舞う。トーマス小父さんも何かを呟き、胸の前で十字を切った。瞳に涙を浮かべている。
《トーマス小父さんって、優しい人なんだな。俺は好きになった》
「洸輝、ありがとう。彼も、あなたが好きだって思っているわ」
「そうか、もっと話せるといいね。頑張って、英語を覚えなきゃ・・」
俺の眼差しに気付き、彼はウインクする。俺は片手を上げて応じた。
「ナウ、 レッツ ゴオ トゥ チャ~チ!」
トーマス小父さんが呼び掛ける。
「さあ、行きましょうか? 真美さん・・」
明恵母さんが、真美に声を掛ける。真美は、もう一度石碑に手を置く。俺も彼女の手の上に、手を重ねた。
《真美のお母さん・・。おかげで自分の存在理由が、分かり始めた。感謝します》
車に戻り、白亜の教会へ向かった。
教会前の石段を上る。近くで見る教会の建物は、歴史の重みを感じた。中は至ってシンプルな内装。決して明るくないが、暗くもない。天井近くにある窓から、日が射し込むからだ。
「洸輝、祭壇の前に行きましょう」
真美が、俺の腕に手を差し入れた。
「よし、式を挙げようか・・」
二人は並んで歩く。オルガンの音が響き始める。
《確か、これは結婚のときに流れる曲だ》
「早く、こちらに来て・・」
オヤジさんが祭壇の前に立ち、俺たちを待っている。
「あのオルガンは、誰が弾いているの?」
不思議に思う真美が、オヤジさんに聞いた。
「ああ、あれは明恵が弾いているんだ」
「え~、明恵母さんが? 驚いたな」
「さあ、祭壇に向かって・・」
「あれ、でも、神父さんがいないよ」
「ここは、カトリック教会じゃないから、牧師さんだ。それに、私は神学校で勉強したから、一応牧師の代わりができるよ」
俺と真美は半信半疑ながら、祭壇の前に立つ。トーマス小父さんと明恵母さんが、後ろに並ぶ。
「汝、洸輝は新婦の真美を妻として・・、汝、真美は新郎の洸輝を夫として・・」
オヤジさんは、儀式の言葉を暗唱する。俺と真美はこうべを垂れ、厳かに聞く。