冥府の約束 (大河内晋介シリーズⅡ)Ⅴ
その夜に、東京の福沢准教授に電話した。紗理奈の親せきが見つかり、岩崎翁との対話をかいつまんで報告する。
「良かった! 紗理奈の行動が見えてきましたね。その、岩崎家に伝わる話を早く知りたい。紗理奈が、許婚か漁師のどちらかに繋がる訳だ。意外な展開になりましたね」
「ええ、興味深い内容です。ただ、問題は・・、突然に消息不明となり、一年後に死体が発見されたことです」
「もちろん、その謎が解明されないと・・」
「おそらく、明日会う岩崎翁の言葉が、糸口になるでしょうね」
「多分、そうだと思います」
電話が切れてから、私は部屋のソファにゆったりと寛ぎ、瞑想にふける。
お堂の扉がスーッと開き、数人の白い手が私の体を抑え込む。凄い力だ。扉の中に、私の体を容赦なく引き入れようとする。チラッと中を見るが、真っ暗闇だった。力一杯もがき手足を動かす。目の前の白い素足にしがみつくが、薄くぼやけ感触が無く掴めない。見上げると、夜叉の面相が私を睨んでいた。大声で助けを叫ぶが、声が出ない。
ハッと目が覚める。いつの間にか、ソファで寝てしまったようだ。まるで金縛りに筋肉が硬直し、冷や汗で体がびっしょり。私は大きくため息を吐く。
《疲れた。変な夢を見てしまったな。何かの暗示・・なのか? いや、有り得ない》
宿の温泉に入り、体の汗を流す。湯に体を沈め、じっくりと今後のことを考えた。
《紗理奈が言った扉が開いていたこと・・。やはり、冥府に通じる扉なのか?》
私の体が、一昨年に体験した美佐江さんの化身を思い出し、ブルッと身震いをする。
《冗談じゃない。だけど、嫌な予感がするなぁ》
朝食を済ませると、早めにチェックアウトして岩崎家へ向かう。
居間のテーブルには茶菓子と漬物が用意してあり、私を待ちかねていたようだ。席に座ると同時に熱いお茶が出された。
「あっ、構わないでください」
「いや、いいんじゃよ。滅多に客人なんて来んからな。嬉しいもんじゃ」
「そうですか。じゃあ頂きます」
「ああ、そうしてくれ」
肝心な話を聞きたくて、私はうずうずしていた。
「ところで、例の件ですが?」
すると、後ろの棚から小さな赤い箱を取り出し、私の前に置いた。
「えっ、この箱は?」
「この箱を知っておるのかね?」
「はい、紗理奈さんの友人が大切に保管していました。その箱の中に【佐渡琴浦】の文字があったので、こうして佐渡を調べているわけです」
「この箱は、ワシがあの子に渡したのじゃ。お守りとしてな」
「お守りですか?」
「そう、冥府の扉に近づいたとき、この中の物が守ってくれる」
「えっ? 中の物ですか? ピンクの紙切れだけですよ」
「それは、おかしいな・・。麦わらの燃えさしを、二本入れておいたはずだが」
岩崎翁は、首を傾げ腑に落ちない様子だった。
「なんの麦わらですか?」
「う~ん、琴浦の精霊船行事をご存知かな?」
「はい、佐渡歴史伝説館で資料を読みました」
「これから話す内容は、岩崎家だけに代々伝わる話なのじゃ!」
岩崎翁は前置きし、神妙な顔で空を仰ぎ語り始めた。