謂れ無き存在 ⅥⅩⅡ
出国審査を終え、真美と明恵母さんが免税店を覗き回る。俺は真美が行く所は、常に一緒だ。出発までは、かなりの余裕があった。
「明恵母さん、意外に時間が有るんですね」
「そうね、いつもそうよ。疲れるでしょう」
「はい、行くまでに疲れました」
俺たちのフライト便がアナウンスされた。
「さあ、ゲートに行こうか・・」
漸く、機内に入れた。狭い座席を想像していたら、意外にもビジネス席だった。
「あれ、エコノミーじゃなかったのかい」
「いいのよ、新婚旅行だから、私が奮発したの。ねえ、お母さん・・」
前の座席にいる、明恵母さんに呼びかけた。
「ええ、今回は贅沢気分ね。真美のお陰よ」
真美の手荷物を上の収容ボックスに入れ、どうにか準備が整った。俺は座席に腰を落ち着けるが、初めての飛行機に内心が怯えている。
《もし、落ちたらどうしよう。どの位揺れるのかな・・》
「心配しないで、私の手を握れば安心よ」
「えっ、そんなお守りがあったかなぁ。どこの神社?」
「うふふ・・、真美神社よ。凄く高いお守りなんだけど・・」
「じゃぁ、要らない。お金を持っていないからね」
真美が体を寄せ、小声で話す。
「いいの、洸輝はタダであげる。その代わりに、私をう~んと愛してね」
「もちろんさ、真美をう~んと愛すよ」
ジェット音が高く響き、機体が動きは始めた。客室乗務員が飛行時の注意事項を説明する。俺は、注意事項を真剣に軽い脳へ覚えさせた。
いよいよ、滑走路から飛び立つ。俺は頻りに念仏を唱える。
「真美、俺の手をしっかり握って欲しい」
「あら、なんと怖がり屋さんですこと・・」
機体が急上昇。俺の惨めな様子を、真美に知られてしまった。
「いつまで、念仏を唱えているの? もう安定したから平気よ」
「ふぅ~、本当に大丈夫なの? しかし、怖いもんだね、飛行機って・・」
「いい加減にして、これから十二時間余り乗るのよ」