謂れ無き存在 ⅥⅩ
オヤジさんと俺が朝食をしてる間に、明恵母さんと真美が一緒に入浴。ふたりの笑い声が、浴室から響いてくる。俺とオヤジさんは、目を合わせ微笑む。
高崎駅までは、オヤジさんの商用車で行くことになった。
俺が旅行ケースを車に積み込んでいると、別人に見紛う真美が現れる。
《おっ! ワォ~、本当に真美なのか・・》
長めの髪をきゅっと後ろに引き詰め、ポニーテールに鮮やかなグリーンのバンドで束ねた真美。薄化粧の小さな幼顔が、妙齢の女性へと変貌をとげていた。
俺の軽い脳は、思考能力が完全に失速。真美の姿を呆然と眺め続ける。
「やだぁ、なに見てるの?」
ポッと顔を赤らめ、はにかむ身振りを見せた。
「・・・」
「ほら、荷物を早く積みなさいよ」
爽やかなボディ・ソープの香りが、俺の思考能力に刺激を与えた。
「え、えっ?」
「早くしないと・・、時間が無いわ」
「そ、そうか。そうだね」
残りの旅行ケースを荷台に積み終える。
「さあ、行けるかな?」
オヤジさんが催促する。
「待って、お母さんが家の中に洗濯物を干してるの」
しばらくして、どうにか出発できた。
高崎駅東口のバス停に荷物を下ろすと、オヤジさんは駅の駐車場へ車を停めた。
成田国際空港行き直行バスが、時間通りに到着。名前と旅行ケースの個数確認が終わると、バスに乗り込んだ。
《やっと、旅行の実感が湧いてきた。でもな、まだ信じられない。アメリカかぁ~、俺が行くなんて嘘みたいな話だ》
「何をソワソワしてるの? はい、ガムでも噛みなさい。落ち着くわよ」
「うん、ありがとう。それにしても、ポニーテールは似合うね。好きだな・・」
「本当に? 良かったわ。私ね、長い旅行のときは、いつもこれなの。手入れが簡単で済むから・・」
ひじ掛けに置いた真美の手に、俺はそっと手を重ねる。真美が俺の思いに反応し、左肩に頭を寄せた。
成田空港行きバスは、関越高速道路をスムーズに走る。