冥府の約束 (大河内晋介シリーズⅡ)Ⅲ
背中に悪寒が走り、伝説を肌で感じた。
《一年後に訪れ、確かめることにしよう》
再度、お堂に手を合わせると、その場を立ち去った。東京に戻り、ネットで地方紙に関連記事がないか検索する。やはり、小さな記事が載っていた。
十五年前、岬の伝説に魅せられた若い女性が、お堂の前から姿を消した。当初は、投身自殺の疑いで地元警察が捜索するも、岬一帯からは何も発見できず捜査が打ち切られた。その一年後の初秋に、お堂の前で彼女の遺体が見つかる。奇妙な事件として話題となったが、いつの間にかその話は途絶えてしまった。
遺体で発見された女性は、岩崎紗理奈であった。年齢は二十二歳。東都大学の学生で郷里の民話や伝奇を調べていたという。
《彼女も、古書を探して読んだのかな? オレだって興味があるよなぁ。だけど、どうして死んだ? それも見つからない遺体が、お堂の前に・・、況してや一年後に・・。益々、面白くなってきたぞ》
東都大学を訪ね、岩崎紗理奈について調べるため、文学部歴史学科の福沢准教授に会うことができた。彼は岩崎紗理奈と同じサークルに所属し、彼女が探した古書の内容を知っていたのである。
「初めまして、私は大河内晋介と言います。お忙しい中、申し訳ありません」
「いえ、問題ないですよ。福沢貴志です。宜しく」
福沢准教授は、嫌な顔もせず私の話を聞いてくれた。
「確かに、紗理奈はあの古書を見つけ、夢中になって調べていた。ただ、奇妙なことを僕に相談した」
「奇妙なこと?」
「ええ、消えてしまった扉が開いたとか、信じられないことが起きていると言っていました」
「扉が開いた?」
「はい、そうです。僕は、独りで行くな、と忠告したのですが。結果、あのようなことになってしまった。非常に残念です」
「・・・」
「その後、サークル仲間が岬に行き真相を調べたけど、何も解明できませんでした」
「それで、紗理奈さんのノートやメモ書きは残っていないのですか?」
「ええ、ほとんど残っていません。彼女は資料をリュックサックに入れ、持ち歩いていましたから」
「そうですか・・」
彼女がなんらかのヒントを見つけ、記録していることを期待したが脆くも崩れた。がっかりする私の様子を見た福沢准教授が、席を立ちロッカーから小さな箱を持ってきた。テーブルの上に置かれた赤い小箱。
「これは、彼女が残した唯一のヒントであると思います」
「お借りすることが、できますか?」
「いいですよ。どうぞ、お使いください。何か分かれば、僕にも教えてくださいね。紗理奈のことを知りたいので・・」
「はい、もちろんです。その都度ご報告しますよ。また、相談もしますので宜しく」
私は帰り際に、彼女の出身地を教えてもらった。出身地は、佐渡の相川であった。
《やはりな、何かあるはずだ。それに、この赤い小箱が関係していると思うな》
家に戻り、さっそく赤い小箱を開けて見る。中には、淡いピンクの紙片が一枚。広げると、【佐渡琴浦】という文字が書いてあった。
《なんの意味だろう? 春になったら佐渡へ行ってみるか》