謂れ無き存在 ⅣⅩⅡ
「ご、ごめん。どうか、機嫌を直して・・」
俺は手を合わせ、拝む仕草で謝る。何気なくバック・ミラーに目をやると、真美の目に遭遇。ミラーの位置を俺に合わせていたようだ。
「えっ! なんで?」
俺は驚き、彼女の横顔に目を移した。その横顔は、前を見ながら笑いを堪えている。
「うふふ・・」
俺のジャンプは無事に着地し、しっかりとテレマークができた。
「な~んだ。怒っていないんだ。良かった・・」
「いいえ、怒っているわ。洸輝の悲しむ様子を考え、楽しんでいるところよ」
《いや~、本当なんだ。参ったなぁ。どうすれば、機嫌が直るんだ。弱ったぞ》
「うふふ・・、オホホ・・。洸輝は面白い。ハハ・・」
真美が急に笑い出した。
「何が面白いのさ・・」
俺は、不機嫌になった。俺は体をずらし横に向ける。真美が笑いを止めると、殺伐なエンジン音だけがふたりの耳に聞こえた。ガラスに映る真美の姿。横顔に陰りが浮かび、俺の胸が痛みだした。
《ん~、何やってんだ俺は。真美の暗い顔・・。そんな顔、俺は見たくない》
「ウッ、ウ~ン」
真美が軽い咳払いをした。
「ウッ、ゴホン」
負けずに咳払いをして、俺は虚勢を張る。
「ウン!」
真美が強く咳払い。
「ゴッ、ホン!」
負けずに俺も返す。
ふたりは数回も繰り返した。
《馬鹿らしい、俺はやらない。もう止めた・・》
俺は元の位置に体を戻し、前方を見詰めながら真美の様子を窺う。すると、彼女がチラッと俺の目に合わせた。
「洸輝! これから観音山へ行こうかぁ?」
「えっ、なんでさぁ?」
「うん、観音様にお願いするの。私たちが、いつまでも仲良く過ごせるように・・」
「分かった。じゃぁ、直ぐに行こう」
俺たちの争いは、何事も無く解消。エンジン音が軽やかに聞こえる。