ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

   謂れ無き存在 ⅢⅩⅨ 

 腹が減って、我武者羅にハム・エッグを食べようとした。
「オウ、マイ ダーリン! 先に野菜を食べてから・・」
 差し出した手を叩き、眉をひそめて注意する。
「えっ?」
 俺は一瞬たじろぐ。
「だって、健康は大事よ。長生きしてね。もう、独りになりたくない・・から」
「うん、そうするよ」
 俺は素直に頷き、野菜をモリモリと食べ始める。
「これからは、洸輝の健康管理に気を付けるわ。体が弱かったら、私を愛せないでしょう? うふふ・・」
 首筋の白い肌が赤く染まり、俺を見詰める瞳に妖艶な光が射す。俺は生つばを、ゴクリと飲み込んだ。
「あっ、はいっ・・」
 俺の軽い脳は、十分に刺激され戸惑った。目の前のコーンスープを一気に飲み、心をはぐらかす。
「ところで、お母さんのことだけど・・。悲しく残念に思ったかしら?」
 突然のことで、どう解釈すれば良いのか、明確な判断ができなかった。空虚な心を感じている。
「実は、答えが見つからない。母の愛がおぼろな記憶として残る。それは肌の温もりと香りだと思う」
「肌の温もりと香り?」
 自分が二歳の頃だ。施設の玄関で強く抱き締められ、突然に母から突き放された。俺は訳も分からず、呆然とした。施設の職員が、他の子供たちの部屋へ連れて行く。子供たちは、同じ瞳で俺を見詰めている。
 そうさ、哀れみでもなく、悲しみでもない。無表情で暗い瞳であった。俺は怯え、部屋の隅にうずくまる。膝を抱え込み、懸命に考えた。何も答えが出ない。
 しばらくすると、母の温もりと香りが衣服から漂う。涙が自然に湧き、抱え込む膝を濡らした。
「うん、最後の思い出だよ」
 着ていた服を脱がされた。俺はその服にしがみつき、大声で泣き叫び離さなかった。その記憶は、今でも心に残る。ただ、その着ていた服は既に処分され、俺は再び目にすることはなかった。

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