謂れ無き存在 ⅢⅩⅥ
明恵母さんが懐妊した喜びを、手紙に認め送ったらしい。俺の母親についても、書かれていた。ただ、三人の交流は徐々に薄れ、便りが遠退く。真美の母親は、寂しさを日記に綴るようになった。
その後、懐妊した真美の母親が、ふたりの親友宛に報告の便りを送る。だが、返事が来ない。
数か月後に、漸く明恵母さんから返事が届く。逸る気持ちで封を開けると、思いも寄らぬ内容が書かれていた。
便箋を持つ指が震え、友の悲しみに打ち沈む。その心の様子が、日記帳の乱雑な文字の姿に表れた。
手紙の後半には、俺に関する内容が書かれてあった。俺を明恵母さんに預けることである。俺は自分の目を疑うが、紛れもなく現実に書かれていた。
我が子の死産から立ち直れず、悲嘆にくれる明恵母さんは、已む無い心境から依頼を断ったという。その苦しい心情を真美の母親に伝えていた。
親友を裏切った自分が許せないと、謝罪の言葉を幾度も書き綴る明恵母さんの手紙。
俺は複雑な気持ちで、日記に目を置き続けた。しかし、読み続けるうちに、俺の心を打ち砕く文字へと辿り着く。目の前が霞み、涙が日記の上に零れ落ちる。
《まさか、そんなはずは・・。嘘だ。嘘だろう》
俺ははっきり感じた。俺の精気が体中から滲み出て行く。
「洸輝・・、黙っていてごめんね」
「あ~、嘘だ。真美、この日記・・、俺は信じない」
俺を捨てた母親を恨み続ける反面、必ず迎えに来るものと信じていた。
施設の仲間が親に引き取られる光景を、幾度も羨ましく眺めた記憶が残る。俺とヤッちゃんは、二階の窓からこっそりと見送った。約束の日が必ず訪れると願い、ふたりの手は、互いの意志で固く握られていた。
日記には、母親の死が文字となって刻まれている。俺を施設に預けると、そのまま北陸の海に身を投げたという。
警察が明恵母さん宛の遺書を発見。明恵母さんが検分に呼ばれ、俺の母親であることを確認した。
遺書には身投げの詫びと、母親の死を俺に知らせないで欲しいと懇願。明恵母さんは、その約束を守り続けた。ただ、気懸かりで施設を訪れていたのであろう。
俺の心は、頑なに否定する。望み続ける母親との再会を、簡単に諦めることができなかった。
《会えなくなった虚しい現実。はぁ~、俺はどの様に受け止めるべきか、思いつかない。う、う~ッ、なんだよ俺の生き様は・・》
真美が俺の両手を掴み、彼女のしっとりした温もりの頬に摺り寄せた。