ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

   謂れ無き存在 ⅢⅩⅣ

「防寒具だなんて、可笑しな表現だね。確かに温かいよ」
「でしょう~。気にいったかしら」
 ますます密着する。
「勿論さ。最高級の防寒具だ! アッハハ・・」
「うふふ・・」
「ところで、明恵母さんの秘めた過去だけど・・」
 室内に流れていた和やかな空気が、一瞬に滞り真美の顔が沈む。俺の左手は、彼女の小さな肩を抱き寄せる。真美は小さく頷き、小声で話し始めた。
「出産間近だったお母さんは、悪質な悪戯の犠牲になり歩道橋から転落。子供は死産。二度と産めない体になってしまったの。あ~、可哀そうなお母さん」
 俺は返す言葉が見つからず、寄り添う真美の頭を抱き黙って聞くだけであった。彼女は俺の体にしがみつき、顔を胸に押し当てた。
「お母さんは、幾日も泣き続けた。明るい光を嫌い、心の奥へと沈む日々・・。あの頃の私と同じよ。苦しかっただろうね、お母さん・・」
 真美の言葉が俺の心臓へ響き、直に一言一言伝わる。彼女から吐き出される息が、明恵母さんを思いやる真美の温もりであった。
「まだ心の傷が癒されない時に、あなたのお母さんが現れたの」
「えっ、俺の?」
 俺は真美の体を引き離し、彼女の顔を直視する。真美の瞳は涙で潤み、困惑の影が垣間見えた。俺の心臓が怯え、その瞳から逃れようと彼女の顔を胸に押し抱く。
「そうよ。間違いないわ」
 真美が話す度に、彼女の唇が俺の胸で動き回る。
「そ、それで・・」
「うん、幼いあなたを預けようとしたの」
「・・・」
「お母さんは、悩み苦しんだわ。とても悲しみ、怒りさえ感じたようね」
「子を失い悲嘆にくれる明恵母さんに、俺を預ける? あ~ぁ、俺の母親は、なんと残酷な人なんだ。俺は悲しいよ。明恵母さんに合わせる顔が無い、どうすればいいんだ」
 ふたりは、しばらく無言で過ごし、思い思いに心を巡らす。俺は、テーブルの紅茶を手に取り、一口ほど飲んで心を落ち着かせようとした。
 真美が俺から離れ、ソファから立ち上がる。俺の体から温もりが消え、虚しさだけが残った。

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