謂れ無き存在 ⅢⅩⅡ
「でもね、お母さん! 不思議なことに、これは急に感じたの。それも、洸輝だけよ」
真美は俺の顔を見ながら、明恵母さんに打ち明ける。
「あら、そうなの・・。私も初めて主人に会ったとき、主人の心が読めたわ」
「えっ、嘘だろう? 本当かい?」
オヤジさんが、素っ頓狂な声を上げた。
「うふふ・・、本当よ。でも、今では読めなくなったから、心配しないで」
「な~んだ。良かった」
「あら、読まれては困ることでも?」
「いやいや、隠すことは無いよ。アッハハ・・」
オヤジさんは慌てて首を振り、笑いで誤魔化す。
「いいえ、怪しいわ。きっと有るのよ。ねえ~、真美!」
真美は大きく頷き、明恵母さんと一緒にオヤジさんを睨む。
「ええ、私も思うわ。お母さん! 私も手伝うから、しっかり見張りましょうよ」
ふたりの様子に、オヤジさんと俺は怖気づく。
「待って・・。洸輝、どうして怖がっているの?」
「な、何も・・。特に・・、別に怖がっていないよ」
真美の指摘に、俺はしどろもどろの返事をした。
「ウフフ・・」
「オホホ・・」
俺の様子を見た真美と明恵母さんが、愉快そうに笑いだした。同時にオヤジさんまで笑い出す。
「アッハハ・・」
「なんだよ。俺を笑い者にして・・」
しばらくの間、笑いは止まらなかった。俺も笑う。心から味わえる温もりに、俺の五感が幸せを満喫する。
食後の片づけをしてから、居間で過ごす。和やかな雰囲気だ。俺は真美の様子をこっそり窺う。
元気な笑顔で話し続けているが、彼女の瞳が時々愁いを帯びる。俺は不安を感じた。俺の心に暗い影が忍び寄り、体がぶるっと震えた。真美が俺の目を捕らえ、首を傾げる。
「洸輝、私に不安を感じた? そうでしょう・・」
俺は解釈できず答えようが無い。
「さあ、今晩は帰りましょう? 箕郷の家で話すわ。お母さん、後日説明するから・・。お父さん、いいでしょう?」
明恵母さんとオヤジさんは、理解できぬまま頷いた。
「ええ、いいわ。私たちの生活は始まったばかり。急ぐ必要はないもの・・。ねえ、あなた」
「うん、そうだね」