謂れ無き存在 ⅢⅩⅠ
「ご免なさいね。早く引き取るべきだった。随分、迷ったの。あなたのお母さんが、迎えに来ると思って・・。あなたが小学生になってから、密かに通い続けたわ」
「ええ、誰だか分からないけど、俺を見ている人がいると感じていた。ある時、仲間のヤッちゃんが、その人に声を掛けたら逃げちゃったらしい」
《俺は母親と思っていた。何故、逃げるんだ。どうして、俺の前に現れないんだ。顔を見たかった。一度でいいから・・》
「それは私・・。逃げるつもりは無かった。でも、あなたの笑顔と元気な様子を見て、安心したからよ」
「そうか・・、明恵母さんでしたか・・。今まで、ずーっと自分の母親と思っていた」
俺の心は複雑に絡み合った。逃げてしまったけど、自分の母親が来てくれた。俺のことを心配している。だから、心の底に温もりを感じ、いつの日か必ず迎えに来ると信じていたのである。しかし、真実は違っていた。現実は見捨てられたまま・・。俺は大きく溜め息を吐いた。
「洸輝、大丈夫?」
真美が心配する。俺は毅然とした態度で、明恵母さんを見詰める。
「俺を見守ってくれて、ありがとう!」
「いいえ、残念だけど、私にはそれしか方法がなかったの」
「洸輝、大好物のシチュウが冷めてしまうわ。さあ、食べて元気になってね」
「うん、そうだね」
俺は懸命に食べた。幸せな味だった。真美も顔を赤らめ、美味しそうに食べる。食べながら、顔を見合わせ微笑んだ。
「良かった。本当に良かったなあ~」
先生? いや、オヤジさんが初めて見せる心からの笑顔。その笑顔は、俺の心を揺さぶり深く感銘させ、俺の人生を委ねても良いと思った。
「そうよ。お父さんに委ねなさい。私も安心したわ」
真美の突然の言葉に、明恵母さんが反応した。
「真美、何を主人に委ね、安心したの?」
「あ~ぁ、洸輝の気持ちよ。私ね、洸輝の心が読めるの」
「そうなんですよ。彼女は、俺の心をいつも盗み見している。だから、隠し事ができない」
「え~、凄いわ。真美は、そんな能力を持っているの?」
真美は恥じらいながら、俺の顔を見た。