ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

   謂れ無き存在 ⅡⅩⅨ 

「今日は、夕飯までいなさい。洸輝君は、主人と仕事の話があるでしょうから・・。真美は私の手伝いをしてね?」
「もちろん、喜んでするわ。料理をたくさん教えてね、お母さん?」
 ふたりは腕を絡ませ、楽しい雰囲気でキッチンへ行く。俺だって、甘えたい気分だった。
《自分の性格に、もどかしく情けない思いだ。屈託ない真美の性格が、とても羨ましく思える。あ~ぁ、お母さん、お父さんか・・》
 虚ろな目でぼんやりしていると、目の前のテーブルに『バサッ』と、カタログなどの資料が置かれた。
「えっ、なんのカタログですか?」
「これは、うちの店で取り扱っている商品だよ。覚えるのに大変だと思うけど、直ぐに慣れるから心配ないさ」
 俺はカタログに目を通す。初めて見る商品が珍しく、使用方法の説明から目が離せなくなった。
「どうだ、便利で面白いだろう?」
「ええ、驚きました。それに、意外と値段が安いですね」
「そうなんだよ。利益が少ないので、在庫を置かずにカタログ販売。注文の度に発注する訳さ。だから、お店は小さくて済む」
 俺は肝心な事を聞いた。
「お店では、先生と呼ぶのは変ですよね。社長でいいですか?」
「ああ、それでいいよ」
《それ以外は、なんと呼べばいいんだろう。お父さん・・、難しいな》
「何考えているの? お父さんって呼べば、簡単なことでしょう。もう、意気地なしね」
 後ろから急に声を掛けられ、俺は息が詰まるほど驚いてしまった。
「ウッ、ハ~ァ。な、なんだよう、藪から棒に・・。息が止まりそうだった」
「アハハ・・、そんなことを、気にしていたんだ。私だったら、好きなように呼んでも構わない・・」
「え~、好きなように言ってもいい? それが分からず、悩んでいるんですよ」
「それなら、オヤジか、オヤジさんと呼べばいいじゃないか」
「そうよ、男ならオヤジさんと呼びなさいよ。ねえ、お母さん! あっ、お母さんは呼べるの? そ、れ、も、ダメ、なのかしら。ふふ・・」
 俺にとっては、深刻な問題であった。父より母に対する蟠りが強く、素直に呼べそうもない。常に心の中で葛藤していた。
 幼い頃、いつの日か母が迎えに来たら、どの様に呼べば良いのか考え、呼ぶ練習をしていた時期もあった。虚しい思い出である。

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