謂れ無き存在 ⅡⅩⅥ
「それで、いつからお店に来れるかな?」
「明日の朝、バイト先に辞める連絡をして、早めに行けると思いますが」
「そう、分かった。仕事の内容や給料などの話は、その時にするね」
「はい、宜しくお願いします」
座ったまま頭を下げた。本当に働けるんだと思うと、喜びに心が揺れる。
「良かったね、洸輝。しっかり働くのね。私のためにも・・」
「ふふ・・、もちろんさ。頑張らなきゃね・・」
真美が奥さんに呼ばれた。キッチンで笑いながら、何かの支度を手伝っている。
「ところで、洸輝君は今、どこに住んでいるんだい」
「高崎インターの近くです」
「車は?」
「いいえ、持っていません。免許証は有りますが・・」
「う~ん、ここに住まないか? 家賃が勿体ないし、一緒なら仕事にも便利だと思う」
「えっ、本当ですか? 奥さんは知っているのですか?」
「いや、知らない。でも、聞いたら喜ぶと思うよ」
先生がキッチンにいる奥さんを呼んだ。
「な~に! 今、新しい紅茶とケーキを持って行くわ。ちょっと待ってね」
しばらくすると、真美が零さない様にバランスをとり紅茶を運ぶ。その後ろに、ケーキの入った箱を持つ奥さんが、嬉しそうな笑顔で現れた。
「さあ、熱いうちに、召し上がってね」
「どうした、明恵。ずいぶん嬉しそうだけど・・」
「だって、真美が・・」
すると、真美が奥さんの言葉を制止させた。
「待って、まだ内緒よ!」
真美が目の前にあるケーキ―の箱を、俺に開けさせた。俺は言われるがまま、そっと開けて中を覗く。
「えっ、何? このロウソクは?」
ショートケーキの上に、ロウソクが一本立ててあった。それも四人全員分にである。
「これはね、この家族四人の絆のロウソクよ」
真美は、俺のロウソクに火を点けた。
「あなたが、あなたのロウソクで他の三人の火を灯すの。いいわね」
俺は、真美の発想に驚いた。先生も驚いた様子で、この状況を見守っている。
「真美・・、真美よ」
俺の軽い脳は、真美の考えや行動に降参。言葉が直ぐに思いつかない。
「洸輝、早くして・・ね」