謂れ無き存在 ⅩⅨ
目覚めると、真美は既に起きていた。キッチンからカタコトと音が聞こえる。顔を覗かせると、直ぐに気付き笑顔で挨拶してきた。
「おはよう、朝食の支度ができたから、早く顔を洗ってね」
「やあ、おはよう・・」
「着替えを、ベッドの横に用意してあるわ」
「えっ、着替え?」
俺は、急いで顔を洗い、寝室へ行く。ベッドの脇に新しいネックのシャツとセーターが置かれていた。俺は信じられない気持ちで、手に取ってみる。茶系の厚手のセーターであった。俺好みの色と柄。
「どう、着られるかしら?」
早速着てみる。俺にぴったりだ。
「うん、ぴったりだ。それに、好きな色だよ」
真美は嬉しそうな顔で、目を輝かせた。
《恐れ入ったなぁ。真美には敵わない。どこまで俺のことを知っているのだろうか》
「良かったわ。あなたが嫌がって着てくれないと思い、心配していたの」
「そんなことはない。とても嬉しいよ」
俺は真美を引き寄せると、力強く抱き締めた。ほんの僅か抱かれていた彼女は、朝食のことを思い出し俺から離れる。
「さあ、早く食べましょう」
「うん、お腹が空いた」
俺は新しい靴下を履き、居間のテーブルに座った。中庭のガラス戸越しに、秋の日差しが居間全体を明るく照らす。ふたりは向き合い、朝食を食べ始めた。
《これが、これから始まる生活。果たして継続する幸せなのか。幻だったら、相手が神であろうが、絶対に許さない》
「どうしたの、真剣な顔して・・。料理が美味しくないの?」
「いや、とても美味しいよ。この雰囲気は、初めて経験する幸せな気持ちだ。これが家庭の景色なんだね」
「そうよ。私たち家族の愛の始まりなの」
「えっ、家族愛・・」
「世の中で多くの人が、捜し求めるものよ」