謂れ無き存在 ⅩⅢ
「今、連絡してみたら、早い方がいいわよ」
「そうだね、電話してみるか」
携帯を取り出し、渡されたメモの番号に掛ける。
「もしもし・・」
「いつ電話してくるかと、待っていましたよ」
俺からの電話が、必ず掛かって来ると分かっていたようだ。
「あっ、はい・・」
「ところで、傍に居るのは真美さんでしょう?」
「えっ? ど、どうして・・」
講師が、俺たちのことを知っている。俺は驚いた。真美も俺の体に寄り添い、携帯に耳をそばだて聞いていた。ふたりは目を見合わせる。
「そりゃあ、分かりますよ。彼女は、早くからあの席に座って、ソワソワしていました。あなたが座ると顔を赤らめ、セミナー中は目を離さない。私は直ぐに、ふたりは妙な関係になると察知しましたからね」
「そうですか・・。先生は運命の人を信じますか?」
「はい、もちろん信じます。あなたたちが、正に運命の人ですから・・」
俺は決心した。
「先生、明日の予定は有りますか? もし良ければ、お伺いしたいのですが・・」
「ええ、構いませんよ。お待ちしています」
明日の午前中に、訪問することになった。家は護国神社の手前を左折すれば、直ぐに分るという。
俺は帰りの支度をする。
「洸輝、何しているの?」
「うん、帰るつもりだけど・・」
「私は、街中のアパートに、帰らないわ」
「えっ、君の車で送ってもらえると、思ったのに・・。じゃあ、何で帰ればいいんだ」
真美は、俯いたまま黙っている。俺は大きく息を吸い、静かに吐いた。ふたりの耳に、庭の風の音がはっきり聞こえた。
「今日は、帰らないで・・。泊まって・・、ねっ、お願いよ」
俺の心は揺れ動く。軽い脳みそは、泊まることを強く望む。
「ん~、どうしよう。君が送らなければ、帰る手立ては無いものなぁ~」
「そうよ、帰れないわ。明日の朝、先生の家に行くんでしょう? ここから、一緒に行けばいいのよ」
俺は真美の策略に、まんまと嵌められた感じだ。
「仕方ない、泊まるよ」
真美は急に明るくなり、紅茶の用意を始める。俺はテレビの前のソファに座った。彼女が懐かしい歌を口ずさむ。
「緑のそよ風~、ふふふ・・、蝶ちょもヒラヒラ~、ららら~」
「随分、懐かしい歌だね。誰に教わったの?」