謂れ無き存在 ⅩⅡ
真美は俺の顔を見詰めたまま、黙って聞いている。
《今までの俺は、負け犬なんだ。実際は強くない。空威張りしているだけさ・・》
「真美を撥ねつける勇気が無い。直ぐに受け入れたい。でも、でも・・。俺は君のことを、なんにも分かっちゃいない。歳だって知らないんだよ」
真美の瞳が輝くのを感じた。
「分かった。話すわ。私が十六歳になると。約束の養育を果たした友人夫妻は、念願の永住の地イスラエルへ移住しちゃったの。独りになった私は不安で家に引きこもり、荒ぶる生活が始まった。十七歳の私は、心身ともにボロボロよ。でも、その様子を聞いたミネアポリスの友人が、バトル・クリーク市の福祉課に連絡して、崩壊寸前の私を救ってくれた・・」
真美は粛々と話し、自分の過去を赤裸々に告白する。
「ようやく立ち直った私は、友人と同じ大学に入り福祉関係を専攻。その時、どこで調べたのか、日本の祖父母がデトロイト総領事館を通じて、私に帰国を求めたの。私は驚いたわ。だって、日本の祖父母のことは、全然知らされていなかったもの」
真美が帰国を渋っている間に、彼女を一番望んでいたらしい祖父が亡くなった。好きな旅の途中、東日本大震災の犠牲となったという。今も行方不明らしい。
彼女は祖母のために一時帰国する。だが、心優しい真美は、孤独な祖母を見捨てることができなかった。母の残り香が漂うこの家に、祖母と住むことを決意する。
しかし、その祖母も体調を崩し、三ヶ月後に病院で亡くなる。無常の風に、呆然とする真美。又しても、彼女はひとりになった。
「不思議な現象は、その頃から始まったわ。夢の中に素性の知れぬ人影が現れ、運命の人を告げるの。初めは単なる夢と思い、まったく信じなかった。でも、写真の母まで夢に現れ、同じことを繰り返したわ」
真美は驚き、徐々に恐怖を感じるようになったという。ところが一週間前の夜、あのセミナーが夢の中に、彼女は半信半疑で参加した。
「前の席に座る運命の人に興味を持ち、どんな人が座るのか確認したかった。本当に現れるのか、子供や女性かも知れない。心がドキドキして待っていたわ」
「そして、俺が座ったわけだ」
「そうよ・・」
俺は釈然としない重責を感じ、ため息を吐く。
《彼女も俺と同様に、存在を認め合う人が傍にいないのか。虚しいよな・・》
「今、私は独りぼっち。せっかく会えたのに、別れるなんて言わないでね。私は、今月で二十歳なったばかり・・。これが、私のすべてよ。だから、お願い!」
「明日、講師に連絡して、将来のことを相談してみよう。何か、答えが見つかるかも知れない。真美・・、君の傍にいるよ。ずっと・・暮らそう」
「私だって、死ぬまで一緒にいたい」
恋らしい恋も無く、一気に深刻な愛に発展した俺たち。