謂れ無き存在 Ⅶ
運転中の真美は、真剣な眼差しで前方を見詰めている。白い肌の耳元に、小さなほくろを見つけた。その横顔に俺は見惚れる。
《真美の奥に秘められた、本当の姿が分からない。実際のところ、歳だって曖昧だ。幼く麗かな表情を見せるかと思えば、年上の気品さが滲み出る》
車は彼女の言葉とは裏腹に、可なりの距離を走っている。高崎市街地を出て、榛名山に向かう。漸く途中の箕郷梅林を過ぎたころ、舗装されていない小道に車を入れた。
「真美さん、どこへ向かっているのですか? 住んでいる家は街中では・・」
先方の雑木林に近づくと、洒落た洋風の家が見えてきた。
「あれが私の家よ。少し遠かったけど、騙すつもりはなかった。ごめんなさいね」
「いや、いいよ。これから行く用事なんて、特にないから」
簡素な門構え。俺が先に車を降り、門を開けて車を通す。俺は門を閉めると玄関まで歩いた。庭の手入れは程々にされている。鉄筋コンクリートの二階建ての家は、想像以上に古かった。
中はこざっぱりした感じであった。板敷の居間には使い込まれた絨毯が敷かれ、歩く音を和らげている。
「そこへ、座って待ってね。今、お茶を入れるから・・」
俺は食卓テーブルに座り、居間の中を見回す。妙に生活観が感じられない。だが、居心地の良い空間が心に温もりを与える。
しばらくして、紅茶を運んで来た真美は、俺の隣に座った。
「はい、どうぞ・・。これはダージリンだから、ストレートでいいのね」
「うん、ありがとう」
俺は、もう驚かない。真美には裸同然だからだ。
「私もシュガーを入れないで、飲んでみようかしら。ふふ・・」
「そうだね、渋みがあって美味しいよ」
真美は一口を含んだ。
「ほんとだ。渋いけど美味しい。私も癖になっちゃうわ。あなたと同じにね」
真美は嬉しげに自分の小さな肩で、俺の体を小突く。俺はお返しに、人差し指で真美のおでこを軽く突いた。
「ふふ・・、アハハ・・、面白い、ウフフ・・」
「アッハハ・・、笑っちゃうな・・、ハハ・・」
ふたりの笑いは、部屋中にこだました。突然に笑いを止めた真美が、真剣な眼差しで俺を見る。
《エッ、なんだ、その目つきは?》
真美はじっと目を離さず、俺に近づいて来た。俺は自然に身を構え、息を大きく吸い込む。それは、ほんの瞬間に済んでしまった。
「わぉ~、どうして?」
「愛のキッス・・」
真美は恥じる様に、顔を染めて言葉少なく囁いた。