謂れ無き存在 Ⅵ
俺はケーキを食べながら考えていた。
《確かに運命で結ばれたとしても、俺の出生や過去のことを知れば、真美は離れて行くだろう。過去を明らかにして、判断を委ねた方がいいかも。彼女を不幸にさせる訳にはいかない》
真美が徐にフォークを置き、カップの紅茶を静かに飲む。そして、俺の瞳を覗き込んだ。俺はそれに応え、真美の瞳を直視する。
「ねえ、洸輝さん。心配しないで、私はあなたを信じている。あなたの過去は知らないけど、複雑な過去であることは強く感じているわ。でも、会う前より、会えた今の洸輝さんを、好意的に受け入れている。だから、運命に従うわ」
「そうか、そう感じているんだ。でもさ、真美さんは裕福な環境で生まれ育ったよね。頭も良さそうだし、もちろんスタイルも抜群だ。補うものなんて無いほど、完璧な人生を過ごしていると思う。ところが、俺の全ては、真美さんと真逆な人生を歩んでいる」
彼女は静かに目を閉じ、俺の言葉を耳で聞き、俺の心を全神経で聞いている。
「俺が物心のついたころは、施設の同じ境遇の仲間と一緒だった。親もいなければ兄弟もいない。だから、仲間が家族だった。勉強がしたくて、働きながら定時制高校に通う。就職も面接で落とされる・・」
俺の心が自分の言葉に潰されて行く。話すのが億劫になり、言葉を止めた。ふたりの間に、沈黙の時が流れる。ふたりの耳には、周りの雑音が際立つほど響いていた。
「こんな俺だよ。真美さんの家族が、俺との結婚を簡単に許す訳がない。俺にとっての君は高根の花的存在だ。いくら運命だと言え、決して望むべきではない・・」
真美が両手で顔を覆う。肩が小刻みに震えている。俺は悔んだ。だが、言葉が出ない。
「ここを出ましょう。これから、私の家に来ませんか?」
彼女は、ハンカチでそっと涙を拭い、俺に声を掛けた。
「えっ、どこへ?」
「私の家よ。車で行きましょう。直ぐ近くなの」
俺は行くべきか迷った。俺の心を感じた真美は、先に立ってレジへ行ってしまった。取り敢えず、後に従う。
「公民館の駐車場に停めてあるの。さあ、行きましょう」
真美は俺の腕に手を通す。そして、しっかり寄り添ってきた。
《ん~、女性と腕を組むなんて、想像したこともない。俺の人生が変わってしまう。一体どうすればいいんだ・・》
俺の心を読んだ真美が、ちらっと俺の横顔を見てほくそ笑んだ。
「ふふ・・、私だって初めてよ。周りの目が気になるけど、腕を組んで歩くのって意外といいものね。なんだか、とても幸せな気分・・」
公民館の駐車場に停めてあったシルバーのワゴン車。
「さあ、遠慮しないで座ってね」
俺は助手席に座るが、少し不安になってきた。まったく先が読めない。それに、速過ぎる展開に考えが及ばないからだ。