恵沢の絆 ⅩⅠ
「オヤジさんには、早く伝えるように言ったけど・・。お前の気持ちを考えると、知らせる勇気が無かったようだ」
「どうして?」
「病院の説明では、心不全と言われた。亡くなる二日前、お見舞いに行ったが元気な様子だった」
「そうか・・、本当に残念だ。それにしても、オヤジさんは辛かっただろうね」
私は気丈に答えるが、心の感情は滅茶苦茶に暴れ回っている。
「ああ、元気がないよ。心配だ」
受話器を置く。無表情の私を怪訝そうに見る妻。悟られないよう洗面場へ急ぐ。嗚咽を堪え、溢れ出る涙を懸命に洗い流す。悲しさ、悔しさ、恋しさと怒りがグルグルと渦巻く。姉との思い出が、絶え間なく湧き上がる。母の代わりに世話をする姉。研修中の私に、里芋の煮物を届けに来た姉。私の知らない若々しい母に似ている姉。様々な姉の姿が、脳裏を掠めて行く。
二ヵ月が過ぎ、ようやく心に平静を取り戻す。だが、私が最も嫌う私の過酷な運命は、私の心を弄ぶことに余念がないようだ。
八月の冷え込む夜。子供たちが寝静まった時刻に、居間の電話が鳴った。妻が私の顔を見る。私は壁の時計を見た。嫌な予感が脳裏を横切り、鼓動が激しく打つ。受話器を恐る恐る耳に運んだ。
「輝ちゃん! 聞こえる?」
性急な兄の声が、私の鼓膜を叩く。
「ああ、聞こえるよ。どうしたの? 何を慌てて・・」
「先ほど、オヤジさんが息を引き取った」
私は弄ぶ運命に逆らい、冷静に聞く。大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。
「そう・・、やはりね。残念だ・・」
「でも、ふたりの孫に看取られ、家の畳の上で静かに逝ったよ」
「そう、オヤジさんらしいよね・・」
「そうだよな。最後はいい顔だった。ところで、葬儀には無理だろうから、四十九日の法要に帰って来れるかい?」
「うん、考えてみる。姉ちゃんの墓参りも・・」
それから一月後、私は十三年振りに帰国した。姉が描いた十三年間のジグソ・パズル。組み合わせることは難しい。姉のスケッチは、私の記憶の中に見当たらないからだ。
兄も還暦に近く、すっかり老けて見える。私が知り得る兄の姿ではなく、一回りも二回りも小さく感じられ、父の面影が重なる兄の容姿であった。
父の法要を済ませた翌日に、兄の車で川越のお寺を訪ねる。秋の強い日差しが墓石に反射して、墓地内の気温を高めていた。真新しい姉の墓石。不思議な感覚で眺めた。
「姉ちゃん、帰って来たよ。でも、こんな姿の姉ちゃんに会うなんて、寂しいよ・・」
後の言葉が出て来ない。手を合わせるしかなかった。
「輝ちゃんの子供たちに、会いたいね!」
突然に、懐かしい姉の声が耳に響いた。私は驚き、振り向いて背後を確かめる。