恵沢の絆 Ⅵ
翌年の春。兄から渡された月刊誌スカウトの記事に、私の心がすっかり奪われてしまった。
「兄ちゃん! この記事を、読んだ? 俺も応募したいと思うけど、ダメかな?」
兄は、もう一度読み返す。
「ああ、面白そうだね。だけど、お前は中学生だから、応募する資格がないよ」
「そうか、無理か・・」
私はがっかりした。だが、記事の内容が頭から離れない。私の思いは日毎に膨らんでゆく。
悶々と過ごす私は、中学三年の夏休みに上京することを決意。姉には前もって打ち明けたが、父と兄へは内緒にした。姉は驚き、無茶な行動を心配する。しかし、私の意志が強く、諦めて渋々と承諾した。
東京浅草の浅草寺敷地内にある日本連盟を訪ね、ブラジルのスカウト移住を応募したいと告げる。
「君の強い思いを感じるけど、もう応募は締め切ったよ」
話しを聞いた受付けの青年は、上目で私を見ると素っ気ない返事。
「せっかく高崎から来たのに、何か方法はないですか?」
「それに、君は中学生だから、資格の条件に合わないよ。だから、帰りなさい」
「お願いします・・」
奥の部屋から、白髪の恰幅の良い人が現れた。
「どうした、やけに騒がしいな?」
受付けの青年が近くに寄って、私のことを小声で説明する。すると、私に奥の部屋へ来るよう手招きした。
「そこへ、座りなさい。君は中学生だってね。どうして、ブラジルに行きたいの?」
静かな声で私に質問する。私は緊張しながら、自分の考えを説明した。
「昨年に母が亡くなりました。人の死は突然に訪れ、簡単に過ぎ去ると知りました。僕は、生きることの意味を考え、悩みました。これからの自分は、無駄な生き方をやりたくないと感じました。
スカウト移住の記事を読み、スカウトの道で生きて行ける農場の開拓。とても憧れました。資格のないことは分かっています。でも、簡単に諦めたくないと思い、高崎からやって来ました」
「あっはは・・、君は面白い・・」
「あっ、それから、細江先生の『心の土地を耕す者は、心の鍬を土深く打ち込まなければならない』 意味を実感できませんが、私の心に残り消えません」
「そうか、分かった。じゃあ、目黒の横山先生を紹介するから、直ぐに訪ねなさい。横山先生は、細江先生の慶応大学医学部時代の友人だ。相談してごらん」
私は、椅子から立ち上がり、直立不動でスカウト式の敬礼をする。
「ありがとうございました。直ぐに、目黒の先生を訪ねてみます」
「アッハハ・・、元気で宜しい。頑張りなさい」