恵沢の絆 Ⅲ
東京オリンピックの年。カラー・テレビが話題となり、我が家もソニーの最新型に買い替えた。母はカラー番組を楽しみに、頻繁に外泊許可を得ては帰って来る。
残暑が厳しい彼岸の一週間前。外泊した母が真剣な眼差しで、兄に心情を訴える。
「佐一郎や! 今度のお彼岸に・・、お墓参りへ連れてっておくれ。お願いだよ・・」
「具合が良くないのに、無理して行くことはないだろう・・」
扇風機の風を受けていた父が、無愛想な言い方をした。
「いいよ、分かった。連れて行くよ。仕事も一段落しているから・・」
兄は、母の落胆する顔を見て、気持ち良く快諾する。母の顔が明るくなった。
「そうかい、済まないね。あ~良かった。お前も一緒に行くかい?」
母は微笑みながら、私の顔を見て誘う。私は喜び、姉を誘った。
「もちろんさ。姉ちゃんも行くよね? みんなで一緒に行こう」
「オヤジさんも行けば・・。仕事のことは、気にしなくていいから」
兄が父を誘う。私は父の顔色を横目で窺う。祝日であっても兄の印刷工場へ出向き、ひとりで気兼ねなく仕事をしていた。
「じゃあ、行くかな・・」
照れ臭そうに答える。姉が驚き、私の顔を見た。私と姉は、顔を見合わせて喜びの声を上げる。久々に家族全員で笑うことができた。一番大きな声で笑ったのは、兄である。
お彼岸の当日、兄が運転する車の後部座席に、私は母と姉に挟まれて座った。母は、私の手を握った。助手席の父は、前方に目を向け黙って座る。小さな空間に家族五人が一緒にいることは、とても奇妙で新鮮な喜びを味わう。幸せであった。
「母ちゃん、もうすぐオリンピックだね。開会式の日は、家に帰って見るんだろう?」
「そうだね。先生から許可をもらうよ」
その時、母の手がとても熱く感じた。
「母ちゃんの手は、すごく熱いね。どうしてだい?」
すると、姉が母の手に触れ、確認する。
「本当だ。母ちゃん、大丈夫なの? 今朝、ちゃんとお薬を飲んだ?」
その声に反応した兄が、急ブレーキを掛け路肩に車を停めた。
「大丈夫だから、早くお寺へ行っておくれ」
母は真剣な眼差しで、切望する。
「いや、引き返そう。いつだって、いけるから。そうしよう」
兄が運転席から半身になり、母を説得する。心配な姉は、母の手を片時も離さず、兄の言葉に幾度も頷く。
「お願いだよ、佐一郎。後生だから渋川へ・・」
母の顔が、悲しみに歪んだ。
「一週間も前から、楽しみにしていたんだ。行けばいいじゃないか!」
母の切なさを心に受け止め、私は兄に反発した。
「お前は黙っていろ!母ちゃんが死んだら、お前だって嫌だろう!」
初めて見る兄の剣幕に押され、私はたじろぎ言葉を失う。