嫌われしもの 遥かな旅 ⅩⅧ
救命ボートに戻るが、隅でジッと動かない黒ピカ。心配するブリ―リアがヤツの体に優しく触れる。ヤツはブリ―リアを抱きしめるが、大きすぎてハグができない。代わりに彼女がハグをすると、黒ピカが押し潰された。その滑稽な様子に、他の仲間たちが冷やかす。黒ピカが、ようやく照れ笑いを見せた。
横浜を出港してから約一ヶ月、朝靄の静かなリオ・デ・ジャネイロ港に到着した。穏やかな海面を、数隻のタグボートに曳航され岸壁へ向かう。
徐々に薄れる靄の中から、コルコバード丘のキリスト像が浮かび上がる。
「やっと着いたな。長い旅だった。この街は、なんと美しく素晴らしい光景なのだ。あのコルコバードの丘へ行き、ブラジルの陽光が燦々と降り注ぐリオ湾を一望したい」
「ぜひ、オイラも連れて行ってください。ところで、いつ降りるのですか?」
「うん、ブラジル支部から連絡が来るはずだ」
しかし、一時間、二時間が過ぎても連絡がない。少々不安になってきた。ゴキジョージとブリカーノがバタバタと走って来る。
「リーダー・ゴキータ! オリンピックは終了しましたが、パラリンピックがこれからだそうです。未だに検疫が厳しく、大会委員会から次の寄港地サントス港へ行くよう、指示が出ました」
「そうか、ではサントス港へ行こう。黒ピカ、コルコバードの丘は中止だ。非常に残念だな」
「はい、リーダー」
ところが、長い船内生活に我慢できない仲間が、密かに相談し合い集団で強行下船を開始したのである。
「ダメだ! 降りたらいかん! 次のサントス港へ、一緒に行くんだ」
ワシらの仲間が、必死に止めたが降りてしまった。アマゾンの仲間は、通訳が殺され事情が分からない様子。黒ピカが近寄り、慣れないインディオ語とジェスチャーで説得する。
「オイラ、トモダチネ。ココ、オリル、アブナイヨ。オイラト、サントスイクネ」
不思議にも、大きな翅を広げ同意した。
「いや~ぁ、ビックリした。お前の妙な言葉とジェスチャーが通じてしまった。意外だなぁ~。こりゃ、参ったぞ。いつの間に、言葉を覚えたんだ」
「いいえ、リーダーのご指導がお役にたちまして・・」
「下手な謙遜をするな! ワッハハ・・。次の大会は日本だ。お前を組織委員に推挙した方がいいな」
「うっそ、オイラが組織委員に、ですか? リーダー、冗談も程々に・・」
「いや、冗談ではない。本気だ」
「オイラは勉強もしていない、おバカさんですよ」
「人間どもは勉強する必要がある。でも、ワシらは仲間を思いやる精神が大切なんだ。お前は、仲間の死を悲しみ嘆く、困窮する仲間には心から手を差し伸べる。それで十分さ」