無題 Ⅴ
半世紀前の記憶を辿るのは簡単ではなかった。それも六十数年のたった一年間だけだ。ジグソーパズル全体のイメージは浮かぶのに、肝心な幾つかのピースが脳裏のどこにも見当たらない。大切な記憶のピースを当て嵌めることができず、思い出は蝕まれおぼろげにしか現れなかった。
一町ほどの通りを北に歩きながら、あちらこちらの面影を突きはむ。時折、面影のピースがポロリと現れるが、当て嵌める箇所が思いつかない。オコちゃん地の裏庭に行ってみたが、本部の姿は跡形も無く面影さえ見当たらなかった。ただ、高く思えた墓地との境界用の塀が低く感じられた。
空き缶を利用したロウソクのカンテラを持って、墓地の中を肝試しをさせられた記憶が甦った。
「だ、誰が先に行くんだよう。輝ちゃんが先に行けよ」
「オ、オレだって一番は嫌だよ」
四人は決心がつかない。
「ばかだな、最後が一番怖いんだぞ。後ろに誰もいないのに背中を叩かれるからな」
オコちゃんが怖そうに言った。
「え~、じゃあ俺が行くよ」
「敏ちゃん、そんなの狡いよ!」
「そうだ、そうだ狡いよ!慎ちゃんの言うとおりだ」
「待て、待て、今くじ作るから」
賢ちゃんが割り箸のくじを作り順番を決めた。結局、敏ちゃんが一番最後になった。
「やった~、一番だ!」
貴ちゃんが喜んだ。すると、敏ちゃんが意地悪そうに幽霊の真似をして脅す。
「いや、一番最初だって怖いんだ~、誰もいないはずが白い影が、す~っと出てくる」
「うるさいな、後ろ方がもっと怖いからなぁ。へっんだ!」
オレは三番目だった。行くときは青ざめていた慎ちゃんが、にこにこして戻ってきた。オレは横を見ずに前だけ見て歩いた。ロウソクのカンテラなんて役にも立たない。月明りがあったので充分だった。だが、奥のお堂の近くが暗く足が震え怖かった。約束の石をお堂の階段に置くと、速足で戻る。塀を乗り越え本部に戻るとき、怖さを隠し平気な顔を見せた。
最後の敏ちゃんがぶつぶつ言いながら、塀を乗り越えて行った。オレは賢ちゃんがいないのに気づく。
「あれ、賢ちゃんは?」
「うん、今から面白いことが起きるよ。ふふふ・・」
お墓の方から叫び声が上がった。バタバタと音がして敏ちゃんが塀を乗り越えて来た。目を見開き、口を大きく開けてハアハアと息をつく。
「あ~、びっくりしたなあ。後ろから冷たいものが頭を触ったんだ」
「そんなもん、うそだ」
「ううん、慎ちゃんさ、うそじゃあないよ」
確かに頭が濡れたいる。
「本当だ。オコちゃん見て・・」
「敏ちゃん、それはやばいよ。幽霊の祟りだ!」
「じょ、冗談じゃあないよ。うそだろう、オコちゃん」
そのとき、塀を乗り越えて賢ちゃんが顔を出した。手には濡れた手ぬぐいを持っていた。賢ちゃんと濡れた手拭いを見た敏ちゃんが、へなへなと座り込んでしまった。その場のみんなが大笑いした。敏ちゃんは苦笑い。そして、ホッとした様子だった。
あの時のことを思いだした私は、幾分倒れかけた塀と墓地を懐かしく眺めた。
《確か、ここに柿の木が一本あったはずだが、なくなっているなあ。そういえば、あの干し柿は美味かった》
旭町の開かずの踏切を越えたF工業の跡地に、渋柿の木が十数本あった。誰も手を出さず鳥の餌になっていた。十月末のある日曜日、本部に全員が呼び出された。
「これから、柿を採りに行く。柿の木は折れやすいから気をつけろ」
オレ達四人は、木箱やバケツを持たされ後に従った。F工業の跡地に着くと、中学生と小学六年のメンバーが木に登り柿を採って下に落とす。オレ達は木箱やバケツに入れる。
勇ちゃんが手作りのマジックハンドで高い枝の柿を切り落とした。マジックハンドには、缶詰の空き缶が取り付けられ切った柿の実を受ける仕組みになっていた。因みに、後日の高崎市発明工夫展で金賞を受けた。
「誰も口に入れるなよ。こっそり食べたら罰が下るからな」
幸雄ちゃんが意味ありげに、注意した。オレ達は美味そうな柿を見て、食べるつもりでいた。相当な数の柿を手に入れ、本部へ引き返す。オレと敏ちゃんはズボンのポケットに密かに隠し持っていた。開かずの踏切で待っている間に、敏ちゃんがオレに目配せしてこっそりと柿を頬張った。
「わあ~、なんだ。ぺっ、ぺっ、口の中が~」
その様子に、幸雄ちゃんが大笑い。
「だから、言ったろう。罰が当たるって・・」
渋柿と知っている上のメンバーはゲラゲラと笑いが止まらない。オレはやばいと思い、すぐにポケットの柿を木箱へ戻した。敏ちゃんは恨めしそうにオレの顔を見た。
本部に戻ると包丁やナイフで丁寧に皮を剝き、オレ達四人は柿の蔕に糸を結び付ける。
後はロープにぶら下げて干した。次の日曜日も採ってきた。干し柿がカラスなどの鳥にやられないよう注意した。
出来上がった干し柿を羅漢町の家々に売り歩いた。売り上げは本部の資金になった。