忘れ水 幾星霜 第五章 Ⅹ
食卓テーブルの冷めたおかずを、レンジで温めなおす。勝手に騒いでいるテレビ画面を横に置いて、侘しい食事を終わらせる。輝明が時間を確認すると、十時を過ぎていた。
《ブラジルは、朝の十時か・・。今、亜紀さんは休憩時間だよな。早く来れるか話してみよう》
「あ、輝君。何か急用なの?」
「うん、千香ちゃんのことで・・」
「えっ、千香が・・、どうしたの?」
「いや、特に差し迫る状態ではないけど、思ったより進行しているみたいだ。だから、早く来れるといいんですが、無理しない範囲で考えてもらえますか?」
「分かったわ。佐和さんと相談してみるね。良ければ、北島さんに連絡する」
「詳細が決まれば、電話ください。それから、来週には高崎へ転院する予定です」
「そう、了解したわ。輝君、疲れた声ね。大丈夫なの? 体に気を付けて・・」
「うん、心配ありがとう。亜紀さんも・・」
「じゃあ・・ね」
互いに言葉の余韻を残し、OFFのボタンを押した。
翌日、多忙な朝の回診時間帯を避け、十時頃に千香の病室へ行く。
「輝坊ちゃん!」
彼の顔を見た瞬間、パッと笑顔を見せる千香。
「おっ、! 今朝は調子が良さそうだね。顔色も悪くないし、美人に見える」
「美人に見える? 美人だ、でしょう?」
「オーゥ、イエッス! 美人だ、の千香様。これから、主治医と面談してくるからね」
「何を話すの?」
「千香ちゃんが、高崎に転院することさ」
「分かった・・」
千香が眉を寄せ、不安な印象を見せる。
「大丈夫だよ。安心して待っていれば・・」
輝明は、彼女の機微な感情に慣れているが、常に察して気持ちを和らげるように心掛けている。
面談では、医師から了解を得られたが、高崎まで無理のない移送を指示された。用意された紹介状を受け取る。輝明は帰り際に、医師に厚く礼を述べた。輝明は部屋に戻る。
「千香ちゃん、明日の朝に退院するよ」
「そう、明日の朝ね。じゃあ、今日中に荷物をまとめなければ・・」
不安が声に表れ、言葉が細る千香であった。
「千香ちゃん、準備はオレがやる。それに、人目に付かないよう車で移動するから、心配ないよ。ワゴン車をレンタルした。景色を眺めながらゆっくりと高崎へ行くつもりだ」
「・・・」
「それから、昨日の晩、亜紀さんに連絡したよ」
亜紀の名前を聞いた途端に、千香の表情が一変した。
「ほ、本当なの? いつ帰って来るの?」