ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第五章 Ⅹ

 食卓テーブルの冷めたおかずを、レンジで温めなおす。勝手に騒いでいるテレビ画面を横に置いて、侘しい食事を終わらせる。輝明が時間を確認すると、十時を過ぎていた。
《ブラジルは、朝の十時か・・。今、亜紀さんは休憩時間だよな。早く来れるか話してみよう》
「あ、輝君。何か急用なの?」
「うん、千香ちゃんのことで・・」
「えっ、千香が・・、どうしたの?」
「いや、特に差し迫る状態ではないけど、思ったより進行しているみたいだ。だから、早く来れるといいんですが、無理しない範囲で考えてもらえますか?」
「分かったわ。佐和さんと相談してみるね。良ければ、北島さんに連絡する」
「詳細が決まれば、電話ください。それから、来週には高崎へ転院する予定です」
「そう、了解したわ。輝君、疲れた声ね。大丈夫なの? 体に気を付けて・・」
「うん、心配ありがとう。亜紀さんも・・」
「じゃあ・・ね」
 互いに言葉の余韻を残し、OFFのボタンを押した。
 翌日、多忙な朝の回診時間帯を避け、十時頃に千香の病室へ行く。
「輝坊ちゃん!」
 彼の顔を見た瞬間、パッと笑顔を見せる千香。
「おっ、! 今朝は調子が良さそうだね。顔色も悪くないし、美人に見える」
「美人に見える? 美人だ、でしょう?」
「オーゥ、イエッス! 美人だ、の千香様。これから、主治医と面談してくるからね」
「何を話すの?」
「千香ちゃんが、高崎に転院することさ」
「分かった・・」
 千香が眉を寄せ、不安な印象を見せる。
「大丈夫だよ。安心して待っていれば・・」
 輝明は、彼女の機微な感情に慣れているが、常に察して気持ちを和らげるように心掛けている。
 面談では、医師から了解を得られたが、高崎まで無理のない移送を指示された。用意された紹介状を受け取る。輝明は帰り際に、医師に厚く礼を述べた。輝明は部屋に戻る。
「千香ちゃん、明日の朝に退院するよ」
「そう、明日の朝ね。じゃあ、今日中に荷物をまとめなければ・・」
 不安が声に表れ、言葉が細る千香であった。
「千香ちゃん、準備はオレがやる。それに、人目に付かないよう車で移動するから、心配ないよ。ワゴン車をレンタルした。景色を眺めながらゆっくりと高崎へ行くつもりだ」
「・・・」
「それから、昨日の晩、亜紀さんに連絡したよ」
 亜紀の名前を聞いた途端に、千香の表情が一変した。
「ほ、本当なの? いつ帰って来るの?」

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