ウイルソン金井の創作小説

フィクション、ノンフィクション創作小説。主に短編。恋愛、オカルトなど

創作小説を紹介
 偽りの恋 愛を捨て、夢を選ぶが・・。
 謂れ無き存在 運命の人。出会いと確信。
 嫌われしもの 遥かな旅 99%の人間から嫌われる生き物。笑い、涙、ロマンス、親子の絆。
 漂泊の慕情 思いがけない別れの言葉。
 忘れ水 幾星霜  山野の忘れ水のように、密かに流れ着ける愛を求めて・・。
 青き残月(老少不定) ゆうあい教室の広汎性発達障害の浩ちゃん。 
 浸潤の香気 大河内晋介シリーズ第三弾。行きずりの女性。不思議な香りが漂う彼女は? 
 冥府の約束 大河内晋介シリーズ第二弾。日本海の砂浜で知り合った若き女性。初秋の一週間だけの命。
 雨宿り 大河内晋介シリーズ。夢に現れる和服姿の美しい女性。
 ア・ブルー・ティアズ(蒼き雫)夜間の救急病院、生と死のドラマ。

忘れ水 幾星霜  第五章 Ⅸ

《何十年と見続けた千香ちゃんの顔だ。この顔が見られなくなる。考えるだけでも虚しいなぁ・・》
 冬の陽は沈むのが早い。病室の中が薄暗くなったが、輝明は気にもせずに独り戯言を呟いていた。
「歳を重ねるごとに、親しい人たちとの死別が多くなる。あ~ぁ、つくづく考えてしまうなぁ。むしろ先に逝く方が、悲哀や虚無感をこれほど味わなくて済むかもなぁ~。こんなことを話したら、千香ちゃんはすごい剣幕で怒るだろう。・・・、あっ、大事な人を忘れていた。亜紀さんは絶対に悲しむ。そうだ、やっぱり長生きしなければ・・。バカだな、オレは・・。でも、もし亜紀さんが・・。やめろ、考えるな!」
 穏やかに眠る千香を起こさないよう、輝明は音を立てずにそっと病室を出る。彼は、千香から怒られないように、簡単な手紙を書いて枕元に置いた。
【ただいま。久しぶりに可愛らしく眠っていたから、顔だけ見て家に帰るよ。 輝明】
 案の定、家に戻って夕飯の支度をしていると、千香から電話が掛かってきた。
「こらっ! 輝坊! 勝手に人の顔を見て帰ったな!」
「はい、千香様。大変お元気で結構な様子。お裁きをいかようにもお受け致します」
「いや、可愛らしいと書いてあったから、今回は無罪放免だ」
「ははぁ~、有り難きお言葉・・。アッハハハ・・」
「ウフフ・・、笑っちゃぁダメよ。最後まで真面目にやって!」
「ハハハ・・、もういいよ。明日、朝一番に行くね。夕飯が冷めちゃうから・・」
「うん、分かった。じゃぁ、まっ・・、うっ・・」
「どうしたの? 千香ちゃん、もしもし・・」
「・・・」
 電話が途切れた。輝明は不安を覚える。急ぎ着替え、家を飛び出した。手に持つおかずのコロッケを口に頬張り、夢中で運転する。病院の駐車場に車を停め、玄関口まで走った。病室に入ると医師と看護師が振り返り、輝明に顔を向ける。
「ご心配なく、容態は落ち着きましたから」
 若い医師が輝明に伝えた。輝明はホッと胸を撫で下ろす。
「お世話になり、ありがとうございました」
 医師は軽く頷き、病室から出て行った。輝明は息を大きく吸い込み、フーッと吐く。心の動揺がようやく落ち着いた。
「薬が効いて、朝まで目を覚まさないでしょう」
 若い看護師が、千香の体に布団を丁寧に重ねる。
「そうですか、ありがとございます」
 その看護師が、間切りのカーテンを静かに引き、病室の照明を落とす。部屋全体がほの暗くなった。看護師の動作を目で追っていたが病室から出て行くと、輝明はベッドに寝ている千香へ目を戻した。彼女は目を閉じ穏やかに眠っている。
《千香ちゃん・・》
 輝明は院内の消灯時間まで付き添う。彼は新幹線の疲れや千香の心配で体が重く、家に戻るのが億劫なほど辛かった。

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