忘れ水 幾星霜 第四章 Ⅷ
「もう帰るの? このまま、この清々しい海の空気を吸いながら、穏やかに眠りたい」
《千香ちゃんの気力が、弱々しくなっているなぁ。やはり、早めに日本へ帰ろう》
「うん、ゆっくりさせてあげたいけど、さあ、ホテルへ帰ろうね。千香ちゃん・・」
北島も心配して、輝明の顔を見る。
「北島さん、明日の便の再確認をお願いします。それに、これから援護協会の医師に診察をお願いして、明日の帰国便に乗れる状態なのか聞きたいと思います」
「はい、手配します」
輝明は、亜紀を呼ぶ。
「亜紀さん、これから千香ちゃんを援護協会に連れて行くので、診察に同行していただけますか?」
「ええ、分かりました」
岬のレストランを離れ、急ぎサン・パウロに引き返す。診療所の受付けに、佐和が心配の様子で待っていた。到着すると、待機していた医師が直ぐに対応した。
診察の間、輝明は落ち着けなかった。半時後、佐和が診察室から出て、輝明に報告する。
「千香さんは疲れが原因ですって。先生が説明しますので、少しお待ちください」
佐和は、そのまま事務所へ戻った。輝明はエレベーターまで同行して礼を言う。しばらくして、医師から呼ばれ説明を受ける。千香の容態は、明日の搭乗に問題無いと説明され、輝明は心から安堵した。
彼は、付き添いの亜紀に交代を告げたが、彼女は首を横に振る。
「いいの、私は平気よ。先に食事をしてきなさい」
「じゃあ、お願いします。外にいますので、何かあれば呼んでください」
外で待っていた北島と、文化センター横の食堂へ行く。
「安心したら、お腹が空きましたよ。北島さん、何か食べましょうか?」
「そうですね。私はラーメンがいいですね。それにチャーハンも」
「私も同じで・・」
久しぶりの味を満喫しながら、輝明は明日の日程について北島と打ち合わせをする。明日は、無理な予定を組まずにホテルで過ごす。空港へは、軽い夕食を済ませてから向かうことにした。
「ただ、気懸かりなのは、千香ちゃんに明日帰ることを伝えていないんだ」
「奥様は・・、お怒りになるでしょうね」
「仕方ないさ。でも、理解すると思うよ。自分の体調は本人が一番分かっているから」
食後のカフェを飲み、診療所に戻る。ちょうど、千香の点滴も終わった。その後、ホテルに三人を送り届け、北島とマルコスは事務所へ帰った。
輝明は、亜紀に千香のことを頼み、近くの群馬県人会へ帰国挨拶に出掛けた。千香は点滴のお陰で、少しは楽になった様子を見せる。
部屋のソファに体を休め、日本から持参したカステラを亜紀と一緒に食べた。
「亜紀、まだ話すことがあるの。輝坊ちゃんのことを・・」